どうして優しくする必要があるのだろう・・・
とても伝えたいことがあって、その伝えたいことは、その伝えたい相手にとって、物凄く、不都合なことで、
あまりにも雑に伝えると、こちらがただ反撃され、柔らかい所を壊滅させられて終わるか、しかしその相手を潰したところでこちらが責任を負い切れないほどの不幸を相手に背負わせてしまう。
ずっとその狭間で、結構、苦労して文章を書いてきた。
その繊細すぎる重みに精神を潰されて、ある時、フッと、どうして、これ以上、生きていく必要があるのだろうかと、切実に疑問に思えてしまうことがあった。
ぼくは、何度か、壊滅させられたことがある。もちろん、壊滅させられたことがある人は、世の中にたくさんいることくらい、知っているつもりだ。
しかし、確かなこととしては、ぼくは、何度か、壊滅させられたことがある。
それゆえ、『ここまで伝えると、この人のことを、過去のぼくのように、壊滅させてしまう』という感覚が、何となく、わかってきたりもする。
ぼくは、壊滅させられた過去を、とても、理不尽な過去だったと考えているから、過去のぼくと同じような人に対しては、過去ぼくが苦しんだことと、同じような苦しみを、絶対に、味わってほしくはないーーー。
という思考は、あるにはあるのだけれども、しかし、しばしば、ぼくは、それに失敗してしまう。
まだまだ、ぼくは、ゾンビである。
死んでしまっていて、そうして、過去の自分と同じような人だったり、自分よりも弱い人を見つけると、その、ゾンビになった過去の恨みを、伝染させようと、時折、我慢ならなくなってしまったりもする。
それは、絶対に、良いことではないと思う。
そうして、そんな恨みを抱いてしまう自分が、決して、悪いわけではないから、こんな風に、とにもかくにも、文章へと転嫁させている。
そうして、生きている。
***
分からない人というのは、居る。
ある場合には、この、ぼくこそが、"何にも分かっていない、無神経な人" だから、そんなに、他者のことばかりは言えない。
しかし、たまにぼくは、ある種の "何にも分かっていない人たち" から、全否定されてしまうことがあったのは、確かだった。
ぼくは、自分を救わなくては殺されてしまうから、自己言及をし続けてきた。
ぼくには、余裕があるわけでなかった。そもそも、『他者に気を配る』という感覚が、さっぱり分からなかった。
でも、そんな風に、世間から見るとコミュニケーション不全者だとされてしまう有様だと、とにもかくにも、生きていけないはずだから、ぼくは、社会から殺されてしまわないように、なるべく、他者に対して優しくしようーーーコミュニケーション不全者ではなさそうな人たちの間において、『他者に気を配っている』とされているような立ち居振る舞いをできなければならないだろうと、試行錯誤をしてきた。
しかし、どうやって他者に優しくすることができるのかが分からなかったから、まずは、哀しいモノマネから入った。挙動不審で、思ってもないような褒め言葉ばっかり連発して、明るい事をひたすらに信じようともした。
本当は、優しくない自分自身だって、百も承知だった。
しかし、優しくなれなければ死んでしまうはずだと思っていたから、それゆえに、優しくならなければならなかったから、思ってもいないようなことを、たくさん、言わなければならないはずだと、取り組んできた。
人々は、そんな、思ってもいないことばかり言うぼくのことを迷惑がって、どんどんぼくから遠ざかっていった。
***
自分を良く見せようとする人を、その人の舞台裏の感情を少しも見ないままで、否定しようとする人がいる。
そうしようとする人の気持ちは、よく分かる。つまり、社会から、取り残されてしまった人なのだろうか。
見抜いた対価は、一生、支払わないつもりだろうか。
そんなところで佇んでいないで、そういう人たちの心情を汲んだ上での、"代案" を出してくれないと困る。
世界の足を、引っ張らないでくれ。
***
こういう文章を書いてしまうのは、自分のどこかで、限界が来ているからだろうか。
こういう文章こそ、自分を良く見せようとする心の、顕れだろうか。
いつまで、こんな風に、後ろめたい想いへと、晒されなければいけないのだろうかーーー。
***
ただただ、見抜いただけで、得意気になっているような人々を、壊滅させてしまいたい。
どうすれば、この連続から、突破口を見出すことができるのだろう。
東理紗さんに関するひとりごと
東理紗さんにはいつも「今日はとっても楽しかった。明日は、もっと楽しくなるだろうな」と思って生きてて欲しい。
もし僕が神だったら、こんなに、頑張ってる人のことを、今よりも幸福にさせないわけがない。
しかし、僕はただの人である。
また、東さんとは特に知り合いというわけでもなく、要するに、完全に赤の他人である。
2019年9月20日のライブがとても印象に残っている。
新宿ReNYで行われた投げ銭アカペラライブ『東理紗~伝説から神話へ~』において、初めて、生で東さんを見た。
前から、動画では東さんを何度も見てきた。
2019年の5月頃に行われたという、高円寺の路上ライブの様子をYouTubeで何度も何度も見返した。
そのときはドスの利いた歌声が特徴の、存在感のあるパフォーマンスだった。
しかし、同年9月に新宿で行われたライブ『東理紗〜伝説から神話へ〜』では、東さんは、僕らにまた違う側面を見せてくれた。
男女構わず前へと引っ張って進んでいくような強さを魅せていた高円寺のときとは違って、むしろ、たぶん、闘っていくためにそれまでは被っていたであろう、硬い殻を、取り去っていた姿だった。
また、こんなにもか弱い女の子だったのかと間近で見ると驚いた。
ステージの上や、会場を所狭しと走り回っていた、その、はだしの足や、ホウキをギター代わりにかき鳴らして爪が割れてしまった手が、赤ちゃんみたいに小さかった。
しかし、僕を含めて、これまで、東さんと自分の辛い状況を重ね合わせて、どうにか、日々を繋いでいった人は多いだろう。
あの日、あの時、その場にいた人にしかわからないひっそりとした感動があったと思う。
新しい巣立ちの時を迎えようとしていた彼女を、誰しもが、暖かく、拍手とともに送り出して、心地よい笑顔で包んでいた。
***
東さんに強烈な同志の情を覚えている僕らは、自分の人生において「今日はとっても楽しかった。明日は、もっと楽しくなるだろうな」と、思えるような状態を、個人個人で、今、自分自身にできることから少しずつ、創造する必要があるだろう。
だってそうしないと、生き永らえていく意味がさっぱりわからないし、その取り組みはそのまま、限界状態の中で『21歳最初の爆裂カミングアウト』のようなブログ記事や、『カチ価値カチ』のような楽曲を産み出して、同じく限界の状態を心の中に宿していた僕たちを、生きる方向へと導いてくれた東さんの幸福度へと、繋がっていくだろうと思う。
たしかに、独りでぶつぶつ言ってても始まるわけではないから、自分の力で、自分だけの天国を、手作りしていかなくてはいけない。
僕たちの苦しみの代弁者たる、東さんの、重荷となってはいけない。
そう、天国は手作り。
自分ができるところから、始めよう。
創造するのは、夢なんかじゃない、ただの現実だ。
そう、手作りであるがゆえに、果てなんてないんだ。
(カチ価値カチより)
だんだん、東さんが中心となって、ある種のムーブメントが起きていくだろう。
それは、個々から少しずつ始まっていく、『復活』の物語だと言えるかもしれない。
そうして、それは、僕らがそれぞれの今、陥っている地獄から逃れようと、本当に微かなことからでも、手や足を少しでも動かしたその瞬間から、間違いなく始まっていけるはずだ。
そうしていつしか、こちらが救われてきた東さんや、他にも困っている人々が周りにいると気づいたとき、たとえささやかな何かでも、何らかの形で助けることができるように、ジッと、東さんの歌や、文章や、パフォーマンスを鑑賞しつつ、自分の力が蓄えられていくのを待っていければ………。
***
9月20日の『東理紗〜伝説から神話へ〜』にて、公演後、チェキ会で、あるファンの方が東さんに、
「生きててくれて、歌を歌ってくれてありがとうございます」
と、直接、言葉にして伝えてくださったらしい。
その言葉を受けたとき、とんでもないくらいの衝撃で、東さんは、目をまん丸くさせてしまったそうな。
そのファンの方、僕らの意見の総意を彼女へ直接伝えてくださって、本当に、本当に、ありがとうございました。
***
自分を客観的に見れて、人を、笑わせることができて、ある種、現実的だけれど、どこか、義侠心がある人たち。
東さんのファンは、そうなるのではないだろうか。
七尾旅人さんのファンに、他人に対して、とても親切な人が多いように。
雨宮まみさんが死にたくならないように出来ることを想う夜
雨宮まみさんが亡くなられてから雨宮まみさんのことを知った身だが、亡くなられているのに凄まじいほどの影響を受けてきた。
『死にたくなる夜のこと』というブログのナンバーには共感しかなくって、とてもとても辛い精神状態のときに『死にたくなる夜のこと』を読んでは、これから先どうやったら、自分と雨宮まみさんとで共有している (自分が勝手にそう思ってるだけだけど) 、何らかの資質を抱えて生きていけるのかが分からなくなっていったけれども、それでも、絶望の先達として、雨宮まみさんのこのナンバーに、どうにか、ぼくの苦しみを、解毒してもらっていたのであった。
雨宮さんにはお会いしたことがないし、できれば夢で会えたらいいのにと思うのだけれど、そういう機会にも恵まれていない。
日々を生きることは本当に磨耗することだった。
本当に、マズいと思う夜を、ぼくも、それなりに経たりはしてきた。
そうして、ぼくは雨宮さんよりも、良くも悪くも都合が良いのだろうと思う。
「もう、無理をしなくていいんだよ」
と、自信を持って、そうして、確実に、雨宮さんに対して、そう、説得させられるような姿勢を見せられたら良いと思うけれど、それこそ、大変なことだ。
当然、ぼくのこのナンバーは、手を抜いて書いている。
こんな、上から目線の、感傷に浸った益のない文章で、雨宮さんを説得できるはずがないからだ。
しかし、それは、あまりにも難事業だからーーーそうして、その事業を成功させようと急ぐことは、生き急ぐことと同じことだからーーー、残されたこちらとしては、雨宮さんの遺してくださった文章に、ありがとうございますと感謝を込めて、影響を受けさせていただきつつ、気長に、ゆっくりと、あまり無理をせずに、日々を、この、とっても未完成で、ゆえに、根が腐っていて、間違っている世の中へ、代案を含めたクエスチョンを少しずつ投げかけていくしかないのだろう………。
何だか今日は疲れたので、家に帰ったら体に優しいお茶漬けにしよう。
温泉。アロマ。優しい手触りの布。オーク材。ウォールナット。生成色。麻。雑巾。ホウキ。ボディーワーク。コアエクササイズ。カウンセリング。お笑い。人と人との交流。笑顔。温かい料理。。。。。。
それらを駆使して、しっかりと、自分を尊重するぞ。そうして生きるぞ。そうやってぼくは勝手に雨宮さんを追悼したような気となって、徹底的に『問題と闘うこと』に向かってしまう自分を引き延ばしていって、どうにか、長い目で自分を生きるぞと思う。
綱渡り
これは、一体、いつまで続くのだろう。この状態に慣れたい。ただ、なかなか、慣れない。
腰から、こめかみにかけて、重く、緊張が溜まっている感じがする。ストレスだ。そんなに、過酷な毎日を送っているようには思えない。しかし、こんな感じとなっている。
むしろ、周りには、だんだん恵まれてきた。
そうして、そんな、恵まれた環境へと、己を置くための理性的な忍耐の数々だったのだろうか。
忍耐ばかりをして、日々を、暮らしたいわけではない。忍耐は、ただの手段だ。何かしら、無理のない過ごし方が、あるはずなのに。
将来は、何一つ、保障されてはおらず、なぜ、小説なんていうものを書いているのだろうという想いは、いつまで経っても消えない。
好き勝手暮らすことそのものが、肯定されるべきではないとすら、今になっても、感じてしまっている。
どこまで、自分で自分を追い込めば良いのだろう。
そんなことは、特段、誰から指示されたわけではない。自分で考えて、自分なりの処世術を、身につけようとした結果だ。もはや、どのようなことをぼくが忍耐しているかということを、ぼく自身が見失ってしまって、説明することが困難だ。全てを説明しようと、もうすぐ、丸3年が経つ小説の執筆だって、どこまで、推敲すれば良いのだと、自分で、自分に、呆れることがよくある。
簡易的な自己肯定を放棄して、いつそれが達成できるのかも分からない社会貢献を志して、それにそもそも潰されてしまって、周りからは、何を、どうしようとしているのかを理解されることはできず、それをそもそも説明することができず、布団に入って、何もできず、ただただ、回復することを待っている。
何をやっているんだろうと思う。
そうして、自己を本質的に否定することなど敵わず、最高に大切なのは自分自身であって、結局は、大して体調が悪くないのに動悸がするからアルバイトを休むことだって、そういうことを否定してくる勢力からの攻撃には、言い応えはできないけれどもいつだって足を引っ掛けてやろうと隙を伺っている日々である。
何をやっているんだろうと思う。
卑怯な人間だということは、自分で、一番、分かっている。
でも、自分が抱えている悩みは、とても切実だとも、考えている。
たとえ、誰もが悩んでいることであろうと。
何を、悩んでいるんだろう……………。
報われない状態の中の幸福。
電気グルーヴ『N.O.』より
学校ないし 家庭もないし 暇じゃないし カーテンもないし 花を入れる花瓶もないし 嫌じゃないし カッコつかないし
家にしっかりとあるカーテンを除けば、全てが我が身のことである。
長きの間、報われないまま、生活している。
主な "報われない" ことといえば、依然、気軽に遊びにいける友だちがあまりいないということと、男女関係においても孤独であることと、小説がなかなか完成しないことである。
身体的な何かに訴えて、有機的な変化を読者に同じように体験してもらう文章を書こうとすると、死にそうになる。
いくら書いても、理屈も、感情も、実感まで追いつかない。気が狂いそうである。執筆期間がそろそろ丸々3年になってしまう。
これを描ききれないと、我が内心に潜むクレーマーが………『こんなヤワい表現では、少なくともオレは救われないぞっ!』みたいに文句を垂れる………骨の折れる日々を送っている。
「早く書き上げてしまいたい! お金たくさんほしい! さっさと有名になってしまいたい!」
という、承認欲求、簡単に生きてしまいたい欲求との闘いがかれこれ2年9カ月は続いている。
結局は、まあ、良心に背かないということだけが、我が、報酬であって、書き上げたとして、あまり多くの人から賛辞を得られたりはしない気はしている。
でも、確実な評価は、得られるはずだ。
そうして、確実に、人を (その人の力で、結果的に) 救い得る作品には、なるはずだ。
本で救われるわけではないと気づいてしまった賢い人たちへ、今の、書いている小説を届けたい。
そうして、ぼくの小説を媒介に、良い活動をしている人たちを紹介して、
「こんな活動が世にはあるんだから、お前だって、賢さに甘んじて、文句垂れて人生空費してるんじゃねえよ」と、無言の内に伝えたい。
***
とある川沿いの街にある、SLOW HOUSEへ行った。
こんな机の上で、いつか、原稿を書く日々を送りたいものだと思う。
シンプルなデザインの、しかし、10年以上付き合えそうな商品としてのクオリティーの高さが垣間見える、相変わらず、良い品々ばかりだった。
雑貨や衣服に興味を持ったのは、6年前で、最近、やっと、自分の部屋の内装と、自分の見た目が、嫌いではなくなってきた。
そもそも、雑貨、衣服………買わずとも、生きていけるものだと考えてきた。
本質的では、ないものだと、考えてきた。
しかし、今では、だいぶ、それらに日々を救われている自分がいる。
人間というものは、変わるものだと思う。
長きに渡った、報われない期間がなければ、この、丁寧な暮らしの良さが、果たして、わかることができただろうか。
ぼくには、やりたいことがある。
世の中に、広く、発信したいことがある。
大いなる、目標がある。
そうして、あまりにも、それが、大いなる達成だから、達成しようにも、難しい、日々を今、送る。
何か、具体的な形として表せるような目標ではなく、ブッダとか、老子とか、そういう感じの方向なので、説明が難しいからなおさら性質が悪い。
そうして、それに死にそうな日々を送る。
叶わないことへ、腐っていても始まらないのだ。なぜなら、腐っていては、本当に、内部が腐ってしまうからだ。
だから、腐らないために、雑貨に手を出す。好きな衣服や小物を、身につけようとする。
こういう、日々の楽しみ方を、どうして、あのときのぼくは、分からなかったのだろうか。
分かりたくはなかった。
分かっていたら、分かっている人たちの、邪魔には最初からならなかったじゃないか。
だから、ぼくは、分かっていた人たちの、保全領域を、平気で害すような人だったのだ。
無神経になりたかったから、無神経だったわけではなかった。
優しくなれるならば、優しくなりたかったと思う。
でも、ぼくは、優しくなかったのだろう………………。
SLOW HOUSEでは衣服も売っていたから、見てみた。
好きなデザインのズボン (ボトムスと言った方が良いの?) を見つけた。
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普段着とも、部屋着とも、パジャマとも付かない、柔らかい印象を与える、当然、穿き心地も柔らかなものだった。
まさに、ぼくが求めていたシルエットと材質、そのものだったのだ。
「いかがですか?」
試着室のカーテンを開けると、店員さんが、声をかけてくれる。物静かな、女性の方。
「素晴らしいですねえ………」
30%OFFで、2万4千円だった。だいたい、ぼくの家の家賃とほぼ同額だった。
素晴らしいけれども、買えない旨を、伝えた。
この店員さんとは、この服を試着する前も、ぼくが店内を回っていくつか小物を気まぐれに手にとっては、時折、ぼくに近づいて説明に来てくれたりと、素敵な接客をしてくれた方だった。
全く、押し付けがましくなく、このお店の商品のデザインと同じく、シンプルで、束縛させない接客をしてくださったと思う。
その度に、ぼくは、お金を持っていない、買えない、でも買いたくてしょうがないと、どうしようもない本音をつぶやいては、店員さんを困った笑顔にさせていたのだった。
試着室の前。
ぼくは、その店員さんと、無言の内に、笑い合っていた。
そうして、ぼくは、店を後にしたのだった。
そう言えば、以前、温かみのある木を使った、ぼくの愛する雑貨店のHacoaでコルクの財布を買ったら、女性スタッフさんの接客が丁寧で温かみのある素晴らしいものだった。
ちゃんと、こちらの目を見て、本当に誠実に、Hacoaの商品を心から自分も良いと思って、ぼくに勧めてくれていた。
あまりにも素敵だったから、思わずお茶でもどうですかと誘いたくなってしまったくらいだ。
誘わなかったけれども。
「お茶でもどうですか?」なんて誘いの言葉を、『自分は気持ち悪いから、使ってはならない』と、ずっと決めていたけれども、、、、、、、
目の前のこの人は、以前、ぼくがどれだけ、初対面の人に対して挙動不審であって、小学生時代クラスで途方もないストレスによって泣き叫んでは辟易されたり嘲笑をされた過去があって、高3で同じクラスの人たちからはぼくの名前が出ただけで笑いが生まれるような存在だということも分からないのだろうと思う。
***
飢えておらず、今はいじめられてもいない。
生活は豊かだ。
人と接することは楽しい。
死んでもいない。
おかげさまで、小説を含んだ、生きるためのスキルはどんどん貯まっていく。あとは時間との闘いだなあとも思う。
とりたて不幸でもない。不満があるわけでもなく、むしろ、今はもの凄く、周りに恵まれているようにも思う。
今日も、疲労という理由でアルバイトを休んだ。
疲労が溜まっていたのは本当だ。
アルバイトの業務内容が、その疲労の要因ではないことは、分かっている。
むしろ、「吉田くんの好きなことをやってください。本当に、頼むから、好きなことをやってください」と、むしろ、社長の方からお願いされるくらいである。
こんな職場、他にあるだろうか? 少なくとも、ぼくは、初めてだ。
疲労の要因は、ただの、日常生活にある。
この文章だって、とても、感情を抑制したものである。その、感情を抑制するための働きが、ぼくを、蝕んでいるわけだ。
"心の風邪"でアルバイトを何度も休んだり、誰から依頼されたわけでもない小説を書いたりして暮らしているぼくが、果たして、ワガママ者なのか、クソ真面目なのか、自分でもさっぱり訳が分からず、途方に暮れてしまう。
どこまでぼくは、深く潜らないとならないのだろう……………。
分かりやすい成果は、なかなか得られない、なかなか、現状は、思い通りにいかず、全体的に、何とも言えず不満なのは、自分の問題なのだろう。
しかし、仕事では、黙って手を動かすべきだろう。
人間関係では、笑って、己のエゴを処理する他ないだろう。
そうして、そんな感じで生きているからこそ、突然、休んだりするのだろうか……………。
解放されたいと思う。
何から、解放されたいのだろうか。
土台作りは続く。
上野千鶴子さんの東大入学式祝辞を読んで思ったこと。
男女に関わらず、
言われたことをこなそうとする真面目さがあるがゆえに、
言われたことができない自分の弱さを、尊重するのではなく、否定して、叩きのめそうとする性質があるがゆえに、
自分に優しくすることができず、
それゆえに、
優しい人間だと周りに評価されるほどには他者に優しくすることができず、
周りからは『優しくできない、分かっていない人間』だとレッテルを貼られ、
『分かっている』とされている人たちから際限なく責められ、
コミュニケーション能力が低いとされて、
そう言われたことに反省して、
コミュニケーション能力を高めようと努力しようとして、
しかし、叩いてきた『分かっている』人たちから何かを学ぼうにも、そもそもその人たちは充分満たされていないがゆえに『優しくできない』人を警戒して叩いてきたのであって、
だから、『優しくできない』人は、優しくしようにも、その術を、叱りつけてくる人たちからは、学ぼうにも、学ぶことができず、
でも、どうにか適応しようとして、
でも、暗中模索で、
それゆえに、心を病んでしまった人の哀しみにも、
世の中が、目を向けられるくらいには、
さまざまな傷ついてきた『分かっている』人たちが癒されて、
満たされていく未来が叶ったら、
世界は、
もっともっと、
優しくなっていけるだろうなあと思います。
上野千鶴子さん、ありがとうございます。
韓氏意拳をがんばろう。
分かってるんだけどできないっていうのが韓氏意拳の講習をする上での常だと思うんだけれども、
これまで、
『分かってるんだけど、できない!』
という感覚を、ある種、一種のアトラクションとして、楽しんできたけれど、これからは、本格的に取り組んでいこうかなあ…。このままでは謎が謎のままだ。
分かっていない。それは良い。
だけど、きっとオレだって、それなりにできるようになれるだろう。
というか、いつまでも韓氏意拳の傘を借りた弟分みたいな心境で取り組むのも逆に辛いような気はする。自立していかないとなあ。
韓氏意拳が、抱えきれないくらい緻密で、難しいことであるとは、分かってはいる。
ただ、それまでは、そういう、『自分は劣っている、自分は分かっていない』という自責に囚われてしまって、そもそも、韓氏意拳という名の本丸へと、突入できないまま、尻込みしていたところはあった。
尻込みするのは良い。ただ、まあ、ぼくもそんな捨てたモンじゃないよと、考えてはみようと思う。笑いに逃げなくても良いじゃないか。あんまり自分が、進度が早い人だとは思えないけど、そういうことはもう、散々、悩みをこねくり回してきたじゃないか。
まずは、自分が講習でつまずいているところが、具体的に、どのようにつまずいているのかを、自分なりに把握しようとしてみて、自分の言葉で説明しようとすることだろうか。
これまでは、韓氏意拳を説明しようとすると、普段の会話では笑いに逃げたり、文章では読後感で誤魔化そうとしてきた。
あんまり、自分の価値を下げるのも、どうかと思う。
自信はないのだけれども、自信のないまま、韓氏意拳を語ったところで、何というか、ぼくを通して語られた韓氏意拳の印象も、何というか、そんなに良くないものとなっちゃうじゃないか。
まあ、がんばろう。
笑い合おう
動くんだよ世界は、ちゃんと。残酷なほど、自由なんだよ。
こちらを優しくしない世界に対して、厳しくしようとしたところで駄目だ。
囚われてるんじゃねえよ。お前だって、俺だって、世界だって、少しも、駄目ではねえんだよ。
嘲笑おうとしたところで駄目だ。世間は、きちんと、君のことを、捉えている。BUMP OF CHICKENを詠み返せ。彼らは、死ぬ気で、傷ついている。抱えている。そうして、誰一人バカにしたりはしない。
俺が参考にならないのならば他を探せ。
お前が参考にならないのならばお前を探せ。
他が参考にならないのならば参考にすることを止めろ。
そうして誰かを嘲笑する自分を監視カメラで覗けば良い。
間違い探しを止めろ、自分を責めることをやめてくれ。
自分を傷つけることで誰かを知らず知らず傷つける恐ろしい法則とどうにか付き合おうと努力して結局は自分と自分を損なった誰かを幸福へと進ませることを赦す必要がある。
生きて還ってくれ。
期待してる。
笑い合おう。
死について思うこと
個人的なパターンでしかないので、聞きたい人だけ聞いてくれればいい。
死にたいと思わなくなっている。
どうしてだろうと思いを巡らせる。たぶん、自分の中にあるクレーマーが消えたからだ(あるいは、限りなく存在が消滅したか、顔を出して来られても、こちらが、それを瞬時に察知して、そいつに乗っ取られないよう、深く鼻で空気を吸ったあと口で大きく吐くなどの対処をするようになったからだろう)。
それよりかは、死にたいとは思わなくなっているというだけで、実際には、死は、自分の中で、かなり存在感を増幅させていたりしている。
『死』とは、そんなに、悪くないものだと思う。排便や、睡眠、食事をすることが心地よいものであることと同じである。案外、心地よいだろうと将来出会う死ぬ瞬間について、考えている。どうしてそう思えたりしているのかと言えば、自分の中で、深く、黒く、死が、揺蕩(たゆた)っていることを覚えているからである。
その、黒く揺蕩う死の気配を感じるために、そこら辺へと感性の焦点を合わせてみれば、結構、心地よく感じるのである。日頃感じる多少の悩みなんて、今、自分の中にある、圧倒的な死の気配という闇にかき消されて、跡形もなく大したことではなくなってしまう。
死とは、悪いものではないと思う。これまで、どうして死ねなかったのかと言えば、それは、死が怖かったからである。まだ、死んでたまるかというか、20歳かそこらだし、生きるべきだろうという、かなりしっかりとした緊張があった気はしている。そうして(それゆえなのかはわからないが)自死することがとてもとても怖かった。でも、そもそも、死というのはそんなに悪いものではない。何が、悪いというのだろう? まさか、親が悲しむから、なんてことではあるまい。死は、特別なことですらない、果てるだけである。素晴らしいことではないか。自意識が完全に消えるんだ。あんなに邪魔で邪魔で仕様がなかった自意識が、完全に、消え去って灰か何かとなってどこかへ吹き飛ばされた挙句何かしらを培養させ得る物質へと相成れることがどれだけ最高であるか!
別に、それまでのように、積極的に死へと向かいたいだとか、いや、それから抗えるように頑張りたいだとか、そういう風にはなっていないよというだけで、ただただ単に、死は、今、自分の中に在る。
死から逆算して生活を営もうと、竹原ピストル氏の『ルート トゥ ルーツ』を聴きながら考える。死があって、それが、最優先である。そうして、場合分けなんてものは本来できないのであるが、果たして、これから先、死までどうやって生きていこうかと、想うわけである。ますます、社会の導きたい方向へ生活を沿わせていく意味がわからなくなってくる。社会に生きる人々全てを肯定したいけれど、社会に沿って生きることで皆幸せになろうと天や地に願うことは無駄である。社会は、腐らせるだけだ。結果、自分たちで、社会に順応しながら社会から離れた状態で、何とかしていこうと考えていくしか方法がない。
ビビリで良かったと思う。
ビビリで良かったと思う。
ビビリでなければ、とっくに死んでいた。
ここまで自分が生きる意味が存在しないことを、何度も、何度も、自分からも、世間からも、突き付けられてきても、図々しく、生を繋いでいるのかと言えば、やっぱり、ビビリであったからだと思う。もし、勇気が備わっていたのならば、とっくに、自ら命を絶っていただろう。
泥をそのまま栄養補給として、脱出しよう。
浮世も、そんなに悪くない。
何となくこれからは、他人の言う通りに動こうとしなくとも、大丈夫なのだろうという、何の、確証もないのに湧き上がる確証がある。