小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ④

 

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ①

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ②

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ③

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ④

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑤

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑥

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑦

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑧

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑨

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑩

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑪

 

 

 

 しばらく沈黙が続いた。

 

 

 

 

 誰か一人が、拍手した。

 

 するとみんな、我に返ったように顔を少し上げると、その一人に続いて拍手をした。

 蓮池の音読の時より大きい、拍手の嵐が起こった。

 一人一人が、手が痛くなるくらい、懸命に手を叩いた。

 

「うえあわーーーーーー! すっげーーー!」

「すげー! 凄すぎる!」

「おいおい、強すぎるだろ吉木!」

「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい! 鳥肌が止まんねー!」

「今までもすさまじかったけど、今日がこれまでで一番冴えてなかった?」

 

「俺もそう思った。前も『オツベルと象』とか圧倒的だったしね。」

「うわーー! なんかわかんねえけど吉木ものすげー!」

「俺も、結局何がどうだったのかわかんなかったけど、吉木の奴、めちゃくちゃ偉大なことを言ってた気がする!」

「なんで五分くらい喋ったのに、一度も噛まなかったの?」

 

「きっと吉木は、俺たちなんかと頭の出来が違うんだな。」

 

 口々に感嘆のセリフを吐いた。聴衆は、一種の興奮状態に陥っていた。大半の人々が、吉木の言っていたことを理解していなかったようだが、とにかく吉木が途方もないくらいに頭が良いということを絶賛していた。

 

 そんな中、三田が、何かを思い出したかのように石原へ顔を向けた。そして、不良がカツアゲの標的を発見したみたいに、含み笑いをした。三田の行動に気付いた村主、武藤、小池ら三人も、石原の方を見て全く同じことをした。

 

 石原は冷や汗をかいていた。目の焦点が定まらず、あっちこっちに眼球が動いていた。彼はポケットからハンドタオルを取り出し、眼鏡を外して、額と両目をタオルに埋めた。

 

 篠崎は、机に両腕を立てた。そして、両手を百八十度並行になるように重ねた。更に顔を前に傾けて、重ね合わせた両手に、両目を沈めた。そんな彼女の眉間には、しわが寄っていた。

 

 蓮池は頬杖をついて、可能な限り首を反らせて、上を見上げていた。天井を見る彼女の眼は、何かに陶酔するかのように、トロンとしている。

 

「うん、素晴らしい。相変わらず吉木君には、俺もいつもビックリさせられるよ。こんな頭の良い生徒を見たのは、俺も教員やってもう長いけど、正直初めてだ。」

 石原は、吉木を見て、いつもより言葉の質を上げて褒めた。

 

 その吉木も、石原の方を見ていた。その顔には、三田ら四人と同じような、嫌らしい含み笑いを浮かべていた。しかし吉木のそれは、先の四人より数倍、陰険なものだった。

 石原はすぐに目を逸らした。その仕草を見た吉木は、ふふふ、と口を閉じたまま口角を上げて笑った。石原の発汗量は、何十倍にも増加した。

 

 石原は逃げるように顔を後ろに向かせて、黒板の上にある時計を見た。九時三十八分。彼は顔の向きを真正面に戻し、下に顔を向けて、ふう、と息を吐いた。そしてまた正面に向き直り、口を開いた。

「もう吉木が全部言っちゃったから、今日はもう終わりでいいよな。じゃあ、チャイムが鳴るまで教室は出るなよ。はい日直、号令。」

「待ってください!」

 突然、樹村が立ち上がった。その眼には、とても真摯な光が宿っていた。

 

「はあ? もういいだろ。」

 

「せっかく終わったって思ったのに~。」

 

「やめてくれよガイジちゃん。」

 

 樹村を非難する声が、数ヶ所から上がった。その声に乗っている感情は、決して軽いものではなかった。ヘドロのように重く、べたついた不満を、素直に声に乗せていた。

 

「え? ・・・・・何かあるのか、樹村。」

 

 石原が聞いた。どこか焦った感がする口調だった。

 

 樹村は、真剣な表情で、真剣な口調で、耳障りになるくらいの高く大きな声で言った。

 

「吉木君の話は素晴らしかったと思います。全部は頭にはいらなかったけど、それでも凄いことはわかりました。でも、僕には一つだけ、ひっかかる点がありました。それは、『少年の日の思い出』の最後、主人公が自分のコレクションを壊した理由です。吉木君は、エーミールへの贖罪のためだと言っていましたが、僕は違う意見です。僕は」

 

「うっせえよシンショウ!」シンショウとは、身体障害者の略称である。しかし、樹村はどこをどう見ても五体満足であった。

 

「ガイジ黙れ! それか死ね!」

 

「そんなこと、どうだっていいじゃんかよ~。」

 

「ガイジ・シンショウ賞、受賞者はこれだから。」

 

「吉木のが正解で良いよー。」

「僕は、エーミールへの、発散されなかった怒りが、自分のコレクションに向けられたことによる結果なんだと思います。根拠としては、最初の『彼』と『私』の会話で、主人公である『彼』が蝶を見て呼び起される思い出が嫌なものだと」

 

「うっせえ黙れバカ!」

 

「うるさい! クソ野郎!」

 

「もうホントうっとおしいから消えろガイジ!」

 

「嫌なものだと書いてあります。それに主人公は、エーミールに嫌なことを言われて、喉に飛びかかろうと」

「バカ野郎! 日本語わかんねえのか! 黙れっつってんだよ!」

「いい加減にしやがれ低能児が!」

 

「死ね! カスボケクズ!」

 

「消えろ! いない方がマシだクソガイジ!」

 

「つまりこれは主人公に殺意が芽生えるほど頭にきたわけです。これをどうして発散させずに眠りにつけるんですか!」

 

「黙れ!」「ガイジ死ね!」「シンショウ消えろ!」「宇宙から立ち去れガイジ!」「蹴り殺すぞハゲ!」「養護学校に転校しろ障害者!」

「先生は僕の意見どう思いますか!」

「畜生! ぶん殴るぞバカがクソボケ!」

「カス! ゴミ!カス!クズ!」

 授業終了を知らせるチャイムが鳴った。

「ではそういうことで。ああ、挨拶はいいや。」

 石原はそう言い終えた後、早歩きで教室から出た。

「先生! 何で答えてくれないんですか! 先生はいつも努力の大切さを説いていたじゃないですか! 僕はその通りに頑張って、一つの疑問に達したんです! 何故、僕の努力に報いるどころか無視して、授業が終わるまで待ったんだ!」

 

 

 

 村主は樹村の胸倉を掴んだ。夏服なので男子は詰襟ガクランではなく、Yシャツを着ていた。

「おい。てめえ何やってくれてんだ?」

 村主はそう言ったあと、口を半分開き、黒目を下に移動させ、自分より小柄な樹村を見下した。それは、不良の教科書を丸写ししたような表情だった。

 

 樹村の顔は強張って、目には恐怖の色が浮かんでいた。

 

 そんな二人の許に、武藤と小池と三田がやってきた。最初に、武藤が言った。

 

「皆の二分間を台無しにしやがって。お前さ、責任感じてる?」

 

 小池が言った。

「お前の疑問なんて、他の三十五人には関係ないわけ。」

 

 三田が言った。

「しつこいしキモいんだよカス!」

 

 三人とも一様に、不良少年の縮小コピーのような面構えだった。

 村主が樹村に、グンと顔を近づけた。樹村は、更なる恐怖の情を、表情に出した。他にも、村主の吐息が顔にかかり、少しだけ顔をしかめた。

 

「次こういうことがあったら、ただじゃおかねえからなクソガイジ!」

 

 大声で言った。一瞬、話し声でうるさかった教室内が、静まった。

 

 村主は襟を掴んでいた右拳を、樹村の体ごと前に突き出した。そのあと拳を真下に、力を込めて下げることによって、手を離した。Yシャツの襟部分から、ビリッと、繊維が破けた音が聞こえた。手から解放された樹村のYシャツは、首の下が緩み、ダランと下に垂れた。

 

 樹村は、村主に右手を突きだされた時から、涙目になっていた。樹村の胸骨が、村主の右手の第二関節に、強く圧迫されたのだ。樹村は村主から手を離された時、苦痛に顔をしかめながら、胸骨をさすった。

 

 そんな樹村に村主は、蔑視を与えた。

 

 樹村の通学バッグにツバを吐いたのは、他の三人だった。

 

 四人はゆっくり後ろを振り返り、肩を怒らせて、廊下の前の引き戸のすぐ近くにある、吉木が座る席へ歩いて行った。

 

 樹村は、自分のバッグの、ツバがかかった部分を見つめた。

 

 こめかみに、青筋が立った。

 

 吉木はニヤニヤ笑って、四人を迎えた。そして今度は自分が立ち上がり、ニヤけ顔を崩さずに歩いて、樹村の許へ来た。

 

「よ~おガイジ! 授業の最後のあれ、圧巻だったな~。そっかあ、怒りの発散が自分の物に向けられたのか~。ガイジらしい考えだね。実体験があるの?」

 ニヤニヤ笑いながら、吉木が言った。

 

「・・・・・いいじゃないか、そんなの・・・。」

 

 樹村の声は、震えていた。

 

「おお! でましたね『じゃないか』喋り! ガイジ君それは一体どこで覚えたの? 誰かの真似? 何? どういうアニメ? ベイブレード? ビーダマン?」

「ごめん、ちょっとうるさいから、黙って。」

 何かを必死で押さえつけるような声で、樹村は言った。

「え? 黙らないよ? 何言っちゃってるのシンショウ君。たとえシンショウが投身自殺したって、その時の遺書に『黙れ』って書いたって、俺は黙らないよ? だってガイジ如きにそんな権利ないもん。てかいつ自殺するの? 俺はそれを前提としていじめているわけなんだけれど。」

「・・・・・わかったから、じゃあ俺の前から消えて。」

 右手で頭を押さえて、樹村が言った。

「おやおや? 一人称が『俺』に変わった? 先生の前では『僕』だったのに。ガイジがそんなことしなくていーいんだよ、どうせいつか社会に出たって礼儀覚えたって嫌われるだけなんだから。出世なんて出来っこないんだから。

 

 そしてそして! 出ましたね、苦悩のポーズ! 右手で前頭部を押さえてるねえ! 自分に酔いしれてる感がバッチリ出てるね! いいよいいよ! キモくて吐き気がするよー! さあ帰って鏡に自分の苦悩のポーズを映し出して写真に撮ってその姿を見てごらん? 『俺はこんな不細工な顔でこんなキザなことをしてたのか。うわあ気色悪っ! 死ね!』って思って、反省すること間違いなしだよ~。自殺もしたくなると思うよ~。早く死んで~!」

 樹村の青筋が明確に浮かび上がった。凄まじい速さで顔を動かして吉木の方を見た。樹村の右拳が、吉木の顔を目がけて早い速度で近づいて行った。

 吉木はその拳を、右手の平で上から叩き、下に弾き返した。

「まあ死ななくてもいいや。じゃあなるべく早く転校してくれない? 皆、そう思ってるよ?」

 

 急に吉木はニヤけ顔を消して、真顔でそう言った。その声に、さっきまでの浮ついた感じは一切無かった。

 

 樹村は虚を突かれた顔になった。彼は目を伏せた。まつ毛には、水滴が溜まっていった。

 

 吉木は踵を返した。そして、これから石原をどう攻略しようか話し合っている四人の許へ、歩いて行った。

 

 樹村は俯いた。両腕の二の腕から肘までを机につけた。その間に顔を置いて、これもまた机に密着させた。そして両手で、自分の後頭部に生えている髪の毛を掴んだ。

 

 全力以上の力で思いっきり引っ張った。

 

 顎がすぐに疲労するくらいの力で、歯を噛みしめた。そのため、頭がプルプル震えた。目が剥かれ、額にしわが二本走った。

 

 授業開始のチャイムが鳴った。

 

 

 

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