小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑪

 

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ①

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ②

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ③

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ④

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑤

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑥

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑦

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑧

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑨

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑩

小説『中学生の日常 ~二年六組編~』 ⑪

 

 

 

 六時間目は、英語だった。英語担当は、徳永教諭だ。話し声に満ちた二年六組の教室に、彼女が入ってきた。

「うわあ、ババアが来た。」「ああ出た、御年四十五歳の熟女だ。」「さあ、熟女フェチ歓喜の時間がやってまいりました。」「てめえなんて、お呼びじゃないっつうの」「てか、若い女教師はこの学校にはいないのかよー。」コソコソと男子連中が話す声が、アブラゼミの大合唱の中に、少数のミンミンゼミの鳴き声が混ざっている時のように、静かに、しかしはっきりと、教室に響いた。

 

 吉木が立ち上がって、声を張り上げて言った。

「おい、お前ら! 熟女とかなんとかうるせえよ! いいじゃん熟女で。熟れ熟れで、大人の味がでてるぜ? それにな~、大学出たばっかの若い女に教わったところで、英語がわかんなくなるだけだぞ? 先生ってのは、熟女とかベテランの方が良いんだよ。授業が上手いじゃん。」

 

 一回言葉を切って、吉木はまた口を開いた。

「例外も多いけどな。」

「ええ~?」「そうか~?」「いいじゃん、英語なんてわかんなくても。」「それより俺は、若いお姉さんの肉が見てえんだよー!」「新人女教師の微笑みを浴びたいんだ!」「犯したーいんだよー!」男子らが、口々に言う。

 

「ばか! よく考えてもみろ。教師強姦したら、社会的に大変な目にあうぞ。家族も含めて近所から嫌な目で見られたり。親戚に相手にされなくなったり。でも、襲うのを我慢するのは精神力使うだろ?だから元々襲う気の起こらない、熟女の方が女教師は良いんだよ。ね? 徳永先生?」人懐っこい笑顔を、徳永に向けた。

「ああ、そうか。」「なるほど。」「吉木、あったまいい!」「へえ、熟女っていい所もあるんだ。」「見直したぜ。徳永!」

 

 男子らの、ふざけた声が沸いて出た。

 

 そんな声がする中、徳永は大して気にしない様子で、

 

「グッドモーニングエヴリワン!」と言った。

 

 ガラッと音がして、後ろの引き戸が開いた。

 

 

 入ってきたのは、樹村哲哉だった。

 暗いオーラを放って、俯きながら、自分の席に向かって歩いている。

 

 

 樹村が歩いているだけで、彼の何かに異常があることが、生徒にもわかったことだろう。

 

 

 彼の上履きは、地面を踏む度に、「ネチャッ」という音がした。

 

 

 しかも、彼の周りには、アンモニア臭が漂っていた。

 

 

 裏付けを取るかのように、本来白色の上履きは、茶色に染まっていた。

 

 

 

「うわっ、臭い!」

 

「え? ちょっとなにこの臭い!」

「なんでガイジの上履き、ネチャネチャいってるの?」

「てかガイジ、その上履きの色と、音は何? もしかして・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 教室内は、爆発的な悲鳴に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 生徒は、殺人鬼から逃げるように、慌てふためいて席を立ち、全力疾走で、中央にいる樹村哲哉から離れた。

 

 全員、教室の壁に背中をつけた。

 

 慌て過ぎたのか、席を立つ際に、机を倒した人もいた。

 

 特に、樹村哲哉の周辺にいた人たちは、動転し過ぎたせいか、一人残らず、机をひっくり返していた。それも、樹村から避けるように、彼がいない方向へ、机は倒れていた。結果、樹村の周りに、少しだけ広い空間ができた。

 

 

 女子の中には、泣いている者も何人かいた。

 

 

 笑っている者は、誰一人としていなかった。

 

 

 大半の人々の顔は、強い憎悪に満ちていた。

 

 

「おいガイジ!」

 

「てめえふざけてんじゃねえぞ!」

「真面目に殺すぞおら!」

「シンショウ君、ほんとうに死んでくれない?」

 

「もう、さすがに笑いごとじゃないよ! ねえ、わかってんの? 話聞けシンショウ!」

 

「地獄へ行けクソ野郎!」

 

「ガイジ!」

 

「シンショウ!」

 

「死ね!」

 

「ガイジ!」「シンショウ!」「死ね!」「ガイジ!」「死ね!」「シンショウ!」「死ね!」「ガイジ!」「ガイジ!」「シンショウ!」「死ね!」

 

 生徒はのどを潰す勢いで、怒りに任せて樹村哲哉を罵った。男子は変声期の低い声で罵声を浴びせ、床を震えさせた。時々声が裏返った。女子は声帯の抑制を失い、とんでもなく高音の金切り声を力一杯に出した。それらが共鳴して、一層不快なハーモニーを発生させた。

 樹村は罵声が飛び交う中、変わらずに俯いていた。

 

 涙も流していなかった。

 

 そんな中、中央にいる樹村に、吉木が歩み寄った。

 

 その吉木の相貌は、凄まじい憤怒に、満ち溢れているように見えた。

 樹村まであと五十センチのところで、吉木は足を止めた。

 

 樹村哲哉の顔は、恐ろしく不愉快な様子だった。

 

 

 世の中の全てに、絶望しているかのような雰囲気であった。

 

 

 二人は対峙した。吉木は、樹村をまっすぐに見つめた。樹村は、吉木と目を合わせず、床を見ていた。

 

 その状態が、十秒ほど続いた。観衆は、固唾を飲んで二人を見つめた。

 

 いきなり吉木が、樹村の左頬を右拳で殴った。

 樹村は、その衝撃で体のバランスを損ない、地面に背中を、強く打ちつけた。

 

 吉木の攻撃に、観客は異様な興奮を見せた。

 

「オッケー!」

「キャー!」

「いいぞー! やっちまえー!!」

 

 聴衆は、目、鼻、口、全てを大きく開かせ、輝かしい表情を浮かべて、歓声を上げた。

 

 異常にヒートアップしていた。

 

 古代ローマのコロシアムは、もしかしたら、このような雰囲気だったのかもしれない。

 

 そんな中で、吉木が息を思い切り吸った。

「おいクソガイジ! てめえ、なにそんな状態で教室に入ってやがんだ!」

 

 とんでもない声量で、吉木が怒号した。

 

「うっしゃー!」「いっけー!」「ぶっころせー!」観衆が叫んだ。

 

 吉木は、両足で樹村の胴体をまたいだ。そして樹村の胸倉を掴み、自分の顔の近くに引き寄せた。

 

 顔にツバを吐いた。

 

 そして、樹村の右頬を、左膝で蹴った。間を置かず、今度はみぞおちを、タコ殴りにした。

 

「おっしゃー!」「キャー!」「やっちまえー!」

 

 吉木は手を離した。樹村は、重力になされるがままに、ドカッと床に倒れた。

 

「イエー!」「ざまあみろっ! ボケ!」「吉木、ナーイス!」「ヒャッホー!」

 

 聴衆は、歓喜の声を上げた。

 

「死ねー! ガイジー!」誰かがそう叫んだ。

 

 そしたら、観衆から自然と、手拍子が鳴り始めた。

 

 彼らは調子を合わせて言った。

 

 

「死ねガイジ」 パン!

「死ねガイジ」 パン!

「死ねガイジ」 パン!

「死ねガイジ」 パン!

「死ねガイジ」 パン!

 

 

「イエー!」観衆は、拍手をした。麻薬常習者が、二日のインターバルを空けて、久しぶりにクスリを注入した時のような、凄まじいくらいに活き活きした表情を、誰しもが浮かべていた。

 

 樹村は、息も絶え絶えだった。目は虚ろで、どこに焦点があっているのかも、わからない。顔からは、生気がほとんど消えかけていた。

 

 そんな樹村の脚を、吉木は足で広げた。樹村は大股開きになった。よって、樹村の股間は、服以外の防御を失った。

 

 脚を広げられた樹村は、次に起こることの、察しがついたのかも知れない。樹村は目を見開いて、すぐに脚を閉じた。

 吉木はそんな樹村の右太ももに、かかと落しを見舞った。すぐさま、左の太ももにもかかとをヒットさせた。

 

 樹村の悲痛な叫びが、空間に轟いた。

 

「キター!」「ヨッシャー!」「でかしたぞゆうたー!」「ヤリー!」

 

 攻撃を決めた吉木は、恍惚とした表情で、天井を仰いだ。口元には、笑みが浮かんでいた。

 

 樹村の額には、大量の脂汗が滲んでいた。苦痛に顔をゆがめて、顎が力んで、歯の付け根を圧迫していた。

 

 樹村はかかと落しを受けてから、脚を、一ミリも動かさなかった。

 

 改めて吉木は、樹村の脚を広げて、股間を無防備にさせた。樹村は歯をくいしばった。そして、吉木は、その股間を、思いっきり蹴り飛ばした。

 

 樹村は、特大音量の叫び声を上げ、股間を両手で押さえた。

 

 その恰好を見て、ある人達は壁をドンドン叩いて、大笑いしていた。

 

 またある人達は、不愉快さを隠さず悲鳴を上げた。

 

 樹村は、自分の顔を両手で覆った。手の間から、大粒の涙が溢れ出ていた。

 

 すると吉木は、前の引き戸の近くに倒れずに立っている、自分の机に歩み寄った。

 

 そして、机の中から、一枚の紙を取り出した。その紙は、今日の朝の始業前、吉木が福井に見せたものだった。

 

 吉木は再び、倒れてる樹村の足元まで歩いた。そして、また両足で樹村をまたぎ、その紙の、字が書いてある面を、樹村の、顔を覆った手の、すぐ前に突き出した。

 

「おい、シンショウ。朝、お前の椅子の上に置いてあったんだけど。一体、これは何だ? 結構なことを書いてくれるじゃねえか。」

 

 そう言って吉木は、観客の中にいた村主に近づき、その紙を渡し、回して読むように言った。

 

「うわっ、キモッ!」村主は紙を読んだフリをしたあと、顔をしかめて声を上げた。そして、使用済みのエチケット袋を渡すかのような手つきで、紙を隣の人に回した。

 

「うわっ、何これ、最悪!」

 

「はあ? ありえない! ふざけんじゃないよ!」

 

「うわー。もう、死んだ方が良いなガイジは。」

 

 読んだ人が、口々に感想を言う。そして、村主と同じように、何か汚い物を渡すかのように、紙の端の方をつまんで、隣へ回した。

 

 しかし中には、何も感想を言わず、申し訳程度に顔をしかめて、さっさと紙を隣に渡してしまう人もいる。篠崎や真壁、葛城など、ほんの少数の人たちであった。

 

 紙が全員に回った。最後の人が、吉木に紙を渡した。ちなみに、徳永はとっくに、職員室に帰っている。

 

「オッケー、皆読んだね。ではこれから、この紙に書いてあった内容の、矛盾点を挙げていきまーす!」

 

「イエース!」聴衆が、声を揃えて返事をした。

「はいではまず、『神よ、あなたは失敗作を作った。』ガイジくーん、どの口がそう言っているのかな~? 誰の目から見ても、失敗作は、あなたの方です!」

「イエース!」

 

「さあ次は、『あいつらが、一体全体、この世に貢献できると、あなたはお思いか?』シンショウさん、この状況を見てください。この中で一番、世の中で邪魔だと思われる人は、誰だと思う? てめえ以外にいねえだろ! さっさと死にやがれ!」

 

 吉木は、未だに脚が動かず、仰向けで寝転がったままの樹村の、脇腹を蹴った。

「ヒュー!」観衆が沸いた。

 

「さあつづいては、『吉木以外、俺より偏差値低い馬鹿共のくせに。』ガイジ君。人を偏差値でしか測れないのかい、君は? いよいよ人間のクズだね。お前自身も大して高くないくせに、威張ってんじゃねえよ。」肩の部分を蹴った。観衆が沸く。

 

「『ヘタレめがね脂汗キモ教師』『吐く息が臭いキショイうわっくせおえ!』福井先生のことはもっともだけど、お前が言う資格ないよな。ていうか、お前からはアンモニア臭がするわ! おえ!」

 

「もっとやれー!」

「『馬鹿×14』馬鹿はお前のことだって。もう、俺の言葉を耳に入れることすら許されないくらい、身分の低い馬鹿だから。戯言はいいからさっさと自殺しやがれカス野郎!」

 

「イエーイ!」観衆は狂喜乱舞した。

 

「『ねえねえまりたん、ぼくとつきあお~?』お前、下山さんが好きなの?」

 

 下山さんとは、女子六番、下山真理のことである。肥満体型で、男子から裏で「世界三大ブス」と、陰口を叩かれている人だ。

 

「そうか、好きなんだ~。ふんふん、いいね。お似合いのカップルだと思うよ。ちなみに下山さん、ガイジ君と、どう?」

 

 下山真理は、新幹線の様な速さで、ブンブンと首を横に振った。吉木を見る時、慕うような色が表れる彼女の眼には、涙が光っていた。

 

「あーあ、泣かせちゃった。おいガイジ、そろそろいい加減にしたらどうだ。てめえは福井以下か。あんなひどいこと、よく書けるな。 おい。聞いてんのかクソ野郎。土下座して謝れ。下山さんに、誠意を尽くして詫びろ。大丈夫だ、下山さん。俺がこいつに、真摯な謝罪をさせてみせるから。」

 

 ニッと、吉木は下山真理に笑いかけた。下山は、涙をすすりながら、しかし、一瞬目が泳いだあと、

 

「ありがとう」と言った。

 

 その返答を、吉木は満足そうに聞いた。下山は、神妙な顔になって、俯いた。

 

「さあガイジ君。改めて問うよ。下山さんに謝りたまえ。・・・どうした、早くしろよ。・・・・・おいてめえ、また蹴られてえのか?」

 吉木は樹村の左頬を、右手ではたいた。パチン、という乾いた音が、教室に響き渡った。観衆は、更に歓喜した。

 

 

 樹村の目つきが変わった。

 

 

「・・・・・うっせえよ。」

 

 口を開いた。

 

「ああ? なんだって?」吉木が、面倒くさそうに言った。

 

 

「うっせえっておめえに言ってんだよクソボケ野郎が黙ってりゃ適当なこと言いやがってくせえってなんだよおれの上履きに犬の糞塗りつけたのはてめえらじゃねえかてめえらの方がアンモニアくせえって感じだよバカヤロー!」

 

 

 樹村の、頭の抑制が外れた。

 

 あまり声変わりしていない甲高い声で、半分以上、声を裏返らせながら、力の限り叫んだ。

 

 しかし、滑舌が悪いせいで、何を言っているのか全く理解されなかった。

 

 聴衆の何人かは、また出たよ、と溜め息をついた。

 

「はあ? 何言ってんだこいつ? 意味わかんね~。やっぱガイジだなお前は。」

 

「うっせえガイジガイジうっせえうっせえうっせえ!ふざけんなよおめえぶっ殺すぞマジほんと命取るからなほんとにてかてめえが何で生きてるのかが不思議だよだから死ね死ね死ねお願いだから死ね失せろドジマヌケデベソ!」

 

What? Oh! He is dull very much. he is a psychiatric patient.

 

「日本人のくせして英語使ってんじゃねえよイミわかんねえんだよしかもおめえら下山さんを何くだらないことで使ってんだよおめえらやっぱ人間のくずだよ!クズ!クズ!クズ!クズ!ばっっっっっっっっかじゃねえのか!ああ!? もう・・・・・・きぃぃぃっっっっっくく、くくくく、くうくくくくくくくっそやろぉぉぉぉぉぉがあああああああ!うわーーーーーーー!!!!」

 

 樹村は、ありったけの奇声を上げながら、吉木に殴り掛かった。体のあちこちを、手当りしだいに殴った。貧相な腕をブンブン振り回し、雄叫びを上げながら、拳を吉木の体に打ち付けた。

 

 吉木は全く無抵抗で、樹村の攻撃を受けた。

 

 

 まるで痛くなさそうだった。

 

 

 一分ほど吉木を殴り続けたあと、樹村は、吉木の首を、右手で掴んだ。力は入れていない。

 

「いい加減にしろよおめえ。次やったら、殺すよまじ。おまえのせいで・・・・・・・おまえのせいなんだよ。」

 

 依然、涙をダラダラに流しながら、涙声で樹村は言った。

 吉木は、ウンザリしたような顔で、樹村の言葉を聞いていた。

 

 吉木は、大きな溜息をついた。

「ねえねえみんな。もうこいつ、殺っていいホント?」

 

 吉木は、うっとおしそうにそう言った。

 

「いいんじゃない?」村主が言った。観衆も、疲れたような表情を一様に浮かべて、頷いた。

 

 返事が来た瞬間、吉木は右ひざを、樹村のみぞおちにめり込ませた。樹村は右手を首から離して、腹を押さえた。

 

 そんな樹村に苦しむ暇も与えず、吉木はインターバルを入れずに攻撃を繰り返した。樹村の両頬を殴った。太ももをロウキックした。顎を殴った。首にパンチを入れて、最後は顔面を強打した。眼鏡が吹っ飛んだ。樹村は地面に倒れ込んだ。鼻血がドクドクと流れた。打撲の痕と血が、彼の顔中を、真っ赤に染めていた。床に落ちた眼鏡は、レンズが抜けていた。

 

 吉木は、倒れている樹村の腹に、つばを吐いた。

 

 

 授業終了のチャイムが鳴った。

 

 

 

 

 

 

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