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これから小説家になりたい人のブログです。

欲望に流されやすいイイ人への韓氏意拳 ③ ~狂気、そして弱さ~

 ぼくは怒涛の勢いで、店のなかを歩き回った。

 

 うおおおおおお!!!!!

 

 何かに憑りつかれたように服を見つくろいまくる。成長欲が心を乗っ取った瞬間だった。

 買い物をためらる人格の『ぼく』は、心の地表に座り込んで、しくしくと泣きはじめていた。目の前には、GAPより全体的に数千円高い服たちが並んでいる。たしかに、魅力を感じるものばかりだ。しかし・・・『ぼく』は未来の展開に気が気でならなかった。

 

 ぼくは、そこで見つけた、青と黒の入り混じったチェック柄のシャツをレジへ持って行った。

 レジのデジタル表示には、8000円を超える額が示された。

 

 一枚のシャツに、8000円・・・。完全に、ぼくの買い物単価の許容を超えるものである。

 しかし、払った。払った瞬間、ぼくの中で何かが壊れた。

 

 以降、服への出費を惜しまないようになった。

 日を改めて、何度も服屋へ行った。

 

 新宿のBEAMSへ行ってはシャツを買った。

 下北沢へ繰り出してはシャツを買った。

 誰かに古着屋を紹介してもらってはジーンズや夏用の半そで短パンをそろえた。

 

 UNITED ARROWS3万円もするコートを買って、のちに似合わないことが判明して愕然とした。

 渋谷109に行って、自分にギャルファッションは似合わないと判明してもべつに愕然としなかった。

 

 とにかく、自分のキャパシティを広げるため、色んな店へ出向き、少しでもいいと思った服はなるべく買うようにした。たとえ、値札の数字が8000円でも、9000円でも、それ以上であろうとも。

 色とりどりの服が並ぶ服屋は、ぼくにとって修行の場と化した。

 服屋に行き、無理やり服を見て、そしてお金を落とす。

 

 1年が経ち、19歳になったぼくは八王子から引っ越し、バイト先を変えた。知り合いの紹介で、月14万円入る仕事に就くことができた。

 収入が増えた喜びで、ぼくの散財はパワーアップした。

 服を買うほかにも、毎晩ファミレスかカフェで食事をするようになったのだ。文章を書く仕事なので、そこで深夜まで原稿を書くためだった。そのため、食費がはね上がった。

 

 これもすべては、街で顔を上げて歩けるようになるためである。

 家に引きこもったままだと、何も変わらない。それまでめったに入らなかった場所へ入り、キャパシティを広げて成長するのだ。

 何かがズレていることに『ぼく』は気づきつつも、ぼくの散財は加速した。しかし、周りの目が気になる癖はどうしても治らない。

 

 試着室を借りることすら苦痛だった。

 人と接するのが苦手で、いまだに自分のファッションセンスに自信が持てない。

 ぼくの手に取った服を、店員さんは心のなかで笑っているんじゃないか・・・?

 

 心に沸きあがった不安を、無理やり心の奥底に押しのけて、ぼくは服を畳んでいる店員さんに向かって「試着させてください」と声をかけた。

 そのときのぼくの表情は、もしかしたら、笑顔なのに目は笑っておらず、口角だけ不自然に上がった怖い表情をしていたかもしれない。

 

 心を支配した成長欲は、巨大化して、あらゆる敵に向けて嚙みかかる、荒ぶる犬のようになっていた。

 彼の咆哮が、心の空間をビリビリ揺らす。口を勢いよく開けて吠えるたびに、口から赤い血が飛び散って、心の地表に降りかかった。

 ぼくの心は血まみれだった。

 

 そんな中、『ぼく』は成長欲の足元で、まるで一寸法師のように小さくなって、ひざをかかえて座り込んでいた。

 彼の座る地表の周りだけは血が降りかからず、白く清純に保たれ、憩いのサンクチュアリとなっていた。

 

 『ぼく』はずっと、心の片隅で震えていた。

 成長欲に突き動かされてぼくが乱暴な行動をするたびに、彼はビクリと体を震わせて、ひざをより強く抱え込み、静かに顔をうずめてしくしくと泣いた。

 

 服を試着して、あんまり似合ってないんじゃないかとほんの少し予感しつつ、「実際に街を歩いてみないとわからないじゃないか!」と勇ましく試着室を出たとき。

 待機していたオシャレな店員さんに、「これください!」と服を突きだしたとき。

 レジで財布を開いたらお金の持ち合わせがないと気づき、クレジットカードを差しだしたとき。

 

 そのとき「あれっ? クレジットカード、読み込みできないですね」と店員さんに言われ、その理由がカードの使用上限(月10万円)に届いてしまうからだと気づいたとき。

 月末、コンビニでクレジットカードの使用料を払うとき。

 

 『ぼく』はいつも、身が張りさけてしまいそうなくらい傷ついていた。一回の買い物につき5,6万円を使うハードな出費をするたびに強いストレスを受けて、あるときは疲労に身を横たえた。

 心の中にそれほどまで傷ついている人格がいることに気づきつつ、成長欲はぼくを追い込んだ。

 

 20歳の冬、11月のある夜のこと。

 都内の個人経営のお店で、『STILL BY HAND』というメンズファッションブランドの服を見て、文句なしに好きだと思える服にやっと出会えたと思った。

 おさえられた色調、やさしい肌ざわりの生地、親近感のわく手づくり感・・・。こういう服が好きだったんだと、やっと気づくことができた。

 

 もちろん、すぐレジへ持って行った。

 シャツとパンツは1万円以上した。くつも1万円くらい。ベストは2万円以上。

 

 服の入った紙袋を手に持って店をあとにし、北風の吹きはじめた夜の東京の街並みを、ほくほく顔で歩いた。ほてった頬に冷たい風が当たって気持ちよかった。

 服が好きになっていた。そのころになると、服屋へ出入りするのも苦痛ではなく、むしろオシャレな雰囲気に身を投じることで、まるでお風呂につかったような気分になり、心の栄養を得られる感じがするくらいだった。

 

 長かった道のりに、喜びをかみしめていたのは成長欲だった。

 買い物をためらっていた『ぼく』は、通りすぎるビルや店の明かりを目で追いながら、これまでの出費にただただ気が遠くなっていた。

 

 服の出費は2年ほどで、総額50万をゆうに超えて、ヘタすれば100万円に届いていた。

 その間、ぼくは毎晩ファミレスで食事するなど、ファッション以外でも金づかいが荒くなっていた。バイトでもらっていた14万円の月収は、30日も持たず使い切っていた。給料日まで、定期預金を崩すことでしのぐ始末だった。

 

 しかも数日後、バイト先で「今のままの君をこれ以上使うことができない」と告げられ、バイトを辞めることになってしまった。

 どうやら買い物での狂気は、仕事ぶりにも響いていたようだ。ぼくは自室に帰ってから、涙に暮れた。将来に絶望した。これから先何をやってもダメだと思った。仕事もできなければ大学も通っていない、しかも買い物依存症

 

 目の前には暗闇しか広がっていなかった。

 

 こんな風になったのはどうしてだ? 成長欲に逆らえなかった自分の弱さのせいか? それは間違いないだろう。

 なら、そもそもぼくは、なぜこんなにも弱いのだ!?

 

 「周りがぼくの服装を心の中で笑っている」

 そんな妄想に憑りつかれ、街を顔を上げて歩けなかったあのとき。

 自分の生きづらさから脱出するため、服を買い始めた。

 

 しかし、自信のあるコーディネートをそろえた今でも、街に出ると周りの目が気になって顔を上げられず、気がつけば猫背になっている自分を発見する。なぜか、周りの視線を怖いと感じてしまう。

 服装コンプレックスは、生きづらさの表面的な表れでしかなく、原因はもっと地中深くの、ぼくの根本部分にあるようだ。

 

 弱さ。

 

 これを鍛える手段は、自分をいたずらに追い込むことではないとうすうす気づいていた。

 昔から、物事に真面目に取りくむタイプだと評価されてきた。

 学校や塾、バイト先の指導者から「お前は根性がある」と言われてきた。

 

 しかし、根性だけではうまく生きていけないらしい。

 このままでは、だめなのだ。

 

 自分を追い込む以外のアプローチで、どうにか成長できないだろうか。

 今までのように大げさに身を崩すことなく、心の安定した暮らしを営むことができないだろうか。

 

 そう考えていたとき、韓氏意拳(かんしいけん)という中国武術と出会った。

 

 → ④殴らないし、蹴らない武術 へつづく