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これから小説家になりたい人のブログです。

欲望に流されやすいイイ人への韓氏意拳 ② ~引きこもり、反撃に出るの巻~

 

 これ以上、周りの人間の腹の内にうずまく嘲笑に耐えられない。また、それに対して何もできない自分をぶっ壊してやりたい。

 

 ぼくは一人暮らしを始めるに際して、自分のこれまでの人生をいったんリセットすることに決めた。

 今までの自分の生活習慣を全て見直して、どんどん変えて、全く別の人間として生まれ変わってやる。

 

 手始めにぼくは、コミュニケーションの苦手意識を打破するため、接客業のバイトを始めた。

 しかし、バイト先のコンビニでは仕事ができず、職場の人とも仲良くなれず、まるで使い物にならなかった。どうしても、人の目を見て話すことができない。周りの目が過剰に気になり、自分に自信が持てない。

 秋から冬になっても辛い日々は続いた。

 

 この状況を打開するためにはどうすればいいか考えたところ、やっぱり「服」だと思った。

 

 その夜、八王子には雪がチラついていた。バイトの帰りで、ぼくは雪の降り積もる道を自転車を押しながら歩いていた。

 すぐそばに、店のショーウィンドウがあり、そのガラスに映るぼくの姿を見た。

 母親が買ってきた服。よくわからないが、おそらく周りから「オタクっぽい」と評されるだろう服装。一人暮らしをしてからも、まだ一度も自分で服を買っていない現状。

 ぼくは自分の家へ向かうため、自転車をこぎ始めた。

 

 雪が空気の音を吸収する中、自転車を停めたぼくは3階にある自室へ向かうために、冷たい手をさすって息をふきかけながら、アパートの階段を一段、一段と上がった。

 近くにある線路から、電車の通る音が聞こえる。

 

 そのとき、突然、頭にインスピレーションが降りてきた。

 ぼくは、決意した。

 

「そうだ、オシャレ、なろう」

 全くオシャレのわからないぼくが、何としてでもオシャレになってやると、心に決めた瞬間だった。

 それからの行動は早かった。

 

 翌日の昼、ぼくはアメリカ発のカジュアルファッションブランド、『GAP』の店の前に立っていた。

 

 ここから、全てを始めるんだ。

 生まれ変わるんだ。

 店に入ったぼくの目には、カッコいい系の音楽が流れ、そこらじゅうに服が並び、店員さんが服をたたんだり、お客さんが服をえらんでいる光景が映った。

 

「いらっしゃいませ~!」

 客を迎える店員さんの声。

 ぼくは、近くにいた40歳くらいのおばちゃん店員に「すみません」と声をかけた。ぼくは同年代の人が苦手である。

 

 応じる店員さんに、昨日読んだモテ指南本に書いてあった通りのセリフを放った。

「爽やかめの服がほしいんですが、あまりよくわからないので選んでいただけますか? ・・・というか、上から下まで全部選んでくれませんか?」

 このセリフから悲劇が始まることを、ぼくは想像もしていなかった。

 

 全身コーディネートを希望するぼくをおばちゃん店員は面白がって、笑顔でぼくにちょくちょく話しかけながら、店内の棚という棚へと案内してくれた。ぼくはたくさんの服を目にし、手に取って、試着した。

 

「いいですね~!」

 試着室から出るたびにそう言われた。鏡で姿を見ても、いいのか悪いのかわからなかったが、「そうっすか~」と返しておいた。何がオシャレで何がオシャレでないかわからないのだから、ぼくより何がオシャレかわかる店員さんに任せておくしかない。

 

 たくさん試着した。黄色いシャツや青いシャツ、北欧産の毛で作られたダッフルコート、赤、黒、緑、ベージュのパンツ・・・。

 上下からコートまで、全部ほしかったので、全部買うことになり、計算してもらうと、約10万円・・・。

 

 それらすべてをレジに持っていって、服をえらんだ張本人であるおばちゃん店員が、値札のバーコードを何度もスキャンしているのを見て、ぼくの心は雪のようにもろく砕け散りそうになった。

 とてもイケないことをしている気がした。イキがっている14歳の不良少年が、初めてタバコを買うとき、思わずカートンで頼んでしまったら、こういう気分になるだろうか。

 

 ATMでおろしたお札を数えて、にこにこ顔でレジに立つおばちゃん店員に渡す。

 ありったけの紙袋を両手に持って、「ありがとうございました~!」の声を背に店を出て、自分に問いかけた。

(・・・大丈夫なの、これから?)

 

 数日間、ショックで抜け殻のようになっていた。何もする気が起きなかった。

 さすがにこの出費はマズいだろう。ぼくは大学へ通っていない。実家にもいないし、高卒の身でバイト生活だ。貯金は、なるべく大切に取っておく必要があった。

 

「・・・当分、服はやめよう」

 

 しかししばらくすると、心がだんだん、ショックから立ち直ってきた。

 つまり、また新たに服を買える態勢に入ってしまった。

 もっと、数カ月間くらいショックに打ちひしがれる予定だったのに、もう次に向かって目を輝かせられても困る。

 ぼくは心に「ずっと打ちひしがれててもイイんだよ?」と忠告した。だが、心は忠告を無視するどころか、新たな刺客を送りこんできた。

 

 それは、GAPでの大量出費を後押ししていた存在、「成長欲」だった。

 一人暮らしをはじめた際の一連の決意を担ってきた張本人であるやつが、またむくむくと顔を出してきてたのだ。

 心の地表に降り立った成長欲の姿は、まるで血のしたたる肉を求めて徘徊する犬のようだった。

 

 彼は言った。「おれに成長させろ」

 ぼくは思わず反論した。「とうぶん服はいいだろ」

 

 しかしぼくは、いつの間にか彼に体を乗っ取られ、京王線を乗りついで新宿駅へ向かっていた。

 騒々しい駅構内を歩き、LUMINE2のエスカレーターを上がり、たどり着いた店の名は、『UNITED ARROWS(green label)』だった。

 

 そこには、パッと見、GAPより高級感のある服たちが、シンプルで洗練されたデザインの店内を、キラキラ輝かせていた。

 GAPはまだ庶民的だったが、UNITED ARROWSは雲の上にあるような、都会的なオシャレ雰囲気をかもし出していた。

 きっと値段も、GAPと比べてグレードアップしているのだろう。

 

 呆然とするぼくに、買い物をためらう人格の『ぼく』は、心の地表の上で目の前いる成長欲に問いかけた。

(・・・正気か?)

 UNITED ARROWSが、10代から20代の若い人に人気のある、オシャレファッションセレクトショップであることくらい、ぼくもグーグル先生から教わっている。

 

(やめろ成長欲。この店はむりだ。オシャレオーラが出すぎている。どの服もイイデザイナー起用してそうで、このデザインに見合わない人間はウェルカムしてない雰囲気が感じられて危険だ。この店はあぶないから立ち去った方が)

(おれは成長したい!)

 ぼくの自問をさえぎって、成長欲が野獣のような声をあげた。

 

(おれは成長したいんだ。もう誰にも笑われたくない。二度と、おれの服装をダサいと思わせたくない。そのためだったら何でもするさ。貯金なんて知るか。減ってしまえばいいんだ。いっそ借金まみれになるか?ハッハッハッ!!!!!)

(やめろ! 正気に戻れ! 急がなくても、安い服を少しずつ買えばいつかは理想のオシャレに近づける。今急げば、貯金がすり減って社会的にアウトだ。出費のストレスに心も耐えられない。今はARROWSから立ち去るべき)

(うるせえ!!!!!!!!)

 

 成長欲のひときわ大きな咆哮に、ぼくは言葉を取りそこね、口をつぐんで成長欲を見た。

 成長欲は、ぼくに問いかけた。

 

(おまえは、今の、昔とさほど変わらない周囲の目に我慢できるのか?)

 

 うっ、と喉を突かれる思いがした。成長欲は、まるで敵を威嚇する犬のように、グルルと歯を噛みしめて、獲って食うような目でぼくを見ていた。

 

(できるのか!?)

 成長欲の顔がぼくの目の前に迫った。成長欲から、目をそむけざるをえなかった。

 

 数秒後、成長欲は後ろへゆっくりと退いた。

 ぼくは、突き立てられていたものから解放された気がした。

 なぜ解放されたかがわからず、全身が見えるくらいまで退いた成長欲を見た。

 

 成長欲は、視線を地面にゆっくりと落とし、寂しそうに言った。

(本当にお前が服を買うことを我慢できるのなら、おれはもう、ここにいないはずだ。おまえにも、わかっているくせに)

 

 その瞬間、ぼくはなぜか、逆上した。理由はわからないが、全身の体毛が逆立つ激情が沸き立った。これが怒りなのか、焦りなのか、寂しさなのか、悲しさなのか、わからなかった。

 何かに駆り立てられるように、UNITED ARROWSの陣地へ突入した。

 

「いらっしゃいませー!」

 男の店員さんが元気な声でぼくを迎えてくれる。その声を聞いて、激情にさらに油が注がれた。

 

 

 → ③狂気、そして弱さ へつづく