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異文化にて ~韓氏意拳体験記~ ④

 

目次

異文化にて ①

異文化にて ②

異文化にて ③

異文化にて ④

異文化にて ⑤

異文化にて ⑥

 

 

 

「肘まで気が落ちた両腕を、上へと上げていきます」

 

 光岡先生の指示通り、両腕を少しずつ天井へ向けて上げていく。今、肘に宿っている気を、そのまま、肘に宿らせたままにしようと、集中する。そうしないと、気を、どこかへ散らしてしまうと、今の静けさが消えてしまうような気がしている。集中を崩さないよう、両手指が天井を指さすくらいまで、両腕を上げるまでに、1分以上、時間がかかる。

 

「上げた両腕を、今度は、下へ降ろしていきます。・・・胸の前まで来たら、止めてください」

 

 両手が胸の前へ来るまで、両腕を降ろしていく過程で、まるで、僕がこれまで両手にまとわせていた “重苦しい何か” を、両腕を下ろしていくにしたがって、下へと降ろして、そして、僕の肩より下にある空間へと、もわんと、分散させていくような感覚があった。心なしか、自然と背中が、後ろへと後退していく感覚もある。そして、これまでよりも、気分がさらに落ちついている。

 

 僕は、まるで、大きな地球儀を、両腕で抱えているかのような姿勢になっていた。胸の前で、両腕が、風呂の湯船に両手を浮かしているかのように、ふわふわと浮かんで、心地よく揺れている感じがする。

 

「肘の気を、今度は、腰へと落とします」

 

 さらに、上半身が後退した。世界に影が射したようだった。目の前が暗くなっていく。

 

 体の、体温が灯らなかったところに体温が灯りだして、少しずつ、熱くなっていく。

 

 突然、腰が、錆びついたブリキのように不器用に、まるで、長いこと動かしていなかった関節が動きはじめたときのように、小刻みにガタガタと揺れながら、ガクンと動きはじめていった。まるで、自分のものではないかのような自分の腰の動きだった。これまで負担がかかっていなかった脚の筋肉に、負担がかかりはじめた。物事を考えるキャパシティーの余地がなくなってきた。

 

 これほどしっかりと、地に足ついた実感のある体は、初めてだった。僕の体に、暗い、重量感のある熱がまとわりついていく。体勢が低くなるごとに、感覚はさらに、濃厚さを増していった。

 

 

 思いわずらうから悩みは大きくなっていく。

 

 理屈がはじまる前から自然は存在している。

 

 人は背筋を空へ伸ばして、立ち上がってしまったから文化を生み出した。

 

 人は、意図的な強制を己に課すことで、いつしか、自分を生き物のカテゴリーから脱出させようと心がけることに、喜びを感じていったのだろうか。

 

 

「辛くなったら、休んでもいいよ」

 

 光岡先生のこの指示に、従うつもりはなかった。なるべく休まずに、限界まで腰を落としつづけようと思った。しかし、数分後に脚が悲鳴を上げた。思わず立ち上がって、心地よいと感じるくらいまで足を伸ばしたりすることで、僕は休憩した。そうしなければ、とても、耐えられなかったのだ。

 

 疲れが取れてから、再び僕は、先ほどのプロセスを再開してみた。

 

 

 韓氏意拳の講習は、その日その日で、指導の仕方がちがうことが多々ある。

 

 おそらく、『目指しているところ』は、どのような指導においても同じなのだろう。しかし、先生によって指導法がちがってくるし、その日、光岡先生の講習を受けたあと、次に光岡先生の講習を受けることとなったのは、三か月先のことだったのだが、そのときの講習で行った站椿功は、「気を下に落として」というものではなかった。つまり、日によっては、全くちがう指導を、先生によっては行うこともあったのだ。

 

 そして、気をつけていただきたいことは、ぼくの書いていることも、そんなに参考にできるものではないということである。

 

 僕は、講習に参加したその日、どのようなことをしたのかという記録を毎回つけているわけではなかったから、例によって講習の記憶が曖昧であることは否めないので、ここで書いている講習の描写にしたって、他の日の稽古の記憶も混ざったものになっているかもしれない。

 

 再三になってしまうが、この文章に書いてあることを忠実に参考にして、同じことをしようとしたところで、それが、韓氏意拳にとって正しい有り様になるかどうかはわからないことだけは、強調させていただきたい。

 

 

 しばらくすると、光岡先生が、講習生の一人一人の目の前までおもむき、講習生が胸の前に掲げている両手を手にとって、自分の両手をかけたりしながら、個別に色々な言葉をかけたりして、何やら、手ほどきをしていった。

 

 僕の番になった。光岡先生が、目の前までやってきた。先生は、僕の胸の前に掲げている両手を手にとって、こう言った。

 

「両手を引き寄せてみてください」

 

 光岡先生が僕の手にかけている手からは、特に、僕の手の動きを妨害しようとするような意図は感じられなかった。もちろん、非力な僕の腕力が巨体の光岡先生の腕力に敵うはずはないだろうが、光岡先生の手からは、僕に引き寄せられまいと力を入れようとしている気配も感じられなかったし、そもそも、この場合においては、彼が僕と力比べを挑んでいるわけでは絶対にないだろう。光岡先生は、僕が、光岡先生の両手を、僕自身の力によって、引き寄せられる可能性が十分、あるだろうと踏んだ上で、僕に「両手を引き寄せてみてください」と言っているのだろうと思われた。

 

 そもそも、光岡先生の両手をこちらへと引き寄せることは、そこまで難しいことではないようにぼくには思えた。誰かが他者の手を引いて、自分の行きたいところへと引っ張っていくことは、よくあることではないだろうか。まだ小さな子どもだって、二倍ほどの大きさの大人の手を引っ張って、自分の行きたい方向へ行かせようとワガママを貫き通そうとするときの力で、大の大人が否応なく立ち止まらされたりしている光景を、ぼくは何度か見たことがあった。

 

 ゆえに、光岡先生のことをぼくの方へと引き寄せてしまうことは、簡単なことではなかっただろうか。

 

 そう思って引き寄せようとしてみたのだが、ビクともしなかった。これ以上、動かなかったのだった。

 

 相変わらず、光岡先生の手からは、僕の手に抗おうとするような力が感じられなかったから、この程度の力でも、頭の中においてのシミュレーションにおいてでは、光岡先生を、あっという間に、引き寄せることができていたはずだったのだ。

 

 だが、ぼくの両手にかけられていた彼の手が、どうにもならないくらいに、不思議なくらいネックになってしまっていた。両肩の辺りに何かが詰まったような感覚でもって、力づくで引こうにも、いくら何でもと思われるくらい、少しも動かないどころか、こちらの両肩に違和感を覚えるばかりだった。引こうとすればするほどに、グッと、肩に不自然な強ばりが生じるくらいしか、変化が起こらなかったのだった。

 

 気にしようとしないようにすればするほど、グッ、というこの感覚が、気になっていく。それまでの体の動かし方を忘れてしまって、思い出せなくなってしまっている。光岡先生の手を引き寄せるための、あらゆる試行錯誤を、自分なりに手を尽くしてみようとしたところでさらに戻れなくなって、袋小路に迷い込んでしまった。違和感ばかり覚えてしまうこの体から、あの頃の自分へと戻りたくって、悪化の一途をたどってしまっている状況からどうにか脱け出したくって、僕は焦りに駆られていた。

 

 しかし、光岡先生のこの何の変哲もない両手は、残酷なまでに、僕の何かしらの改善点を見破っているようだった。

 

「肩に何かがあるのがわかるよね?」

 

 光岡先生の声だった。先生は、僕の手に手をかけたまま、肩に入っている気を、肘へと落とすように僕に言った。また、僕の両手が、しおれた植物のように力なく曲がっている様子を見て、指をまっすぐ伸ばして、指先まで力を通すようにアドバイスするなど、僕の体に関する、さまざまな指導がなされた。肩の気が肘まで落ちたら、今度は腰へと落としていく。

 

「そうそうそうそうそう」

 

 いつの間にか、光岡先生の巨体が、だんだん、こちらへ向かって倒れ込むように前のめりとなってきた。

 

 一体、先生は何をやっているのだろうと不思議に思った。僕の両腕が、いつの間にか光岡先生を僕の方へと引き寄せているらしいことに気がついたのは、その後のことだった。光岡先生を引き寄せようと意図してもおらず、『これから、光岡先生を引き寄せてしまうことになる』予感も覚えないままに、いつのまにか僕の体は、僕の意志とは全く連絡していないままに、先生を引き寄せてしまっていたらしい。

 

 光岡先生は、僕の方へと倒れ込みそうになったところを、ガタン、と音を立てて床に足をつくことで回避された。そして、僕に嬉しそうに微笑むと、僕の手にかけていた手を放して、そのまま、僕の近くにいる次の講習生の方へ、歩いていったのだった。

 

 

 

 

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