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これから小説家になりたい人のブログです。

欲望に流されやすいイイ人への韓氏意拳 ⑤ ~韓氏意拳の体感覚~

 まず先生は、講習生に周りの人と適度に間隔を取るよう指示したあと、こう言った。

 

「足を肩幅くらいに開いて立って・・・・・・」

 

 講習生は光岡先生の指示を受け、足を各々の幅に開いた。

 

(のちの 「」 は、すべて光岡先生の言葉である)

 

「肩の気を肘へ下げて、下げられたと思ったら両腕をゆっくり上げて・・・・・・」

 

 (気を下げるってどうやるの?)

 ぼくは疑問を抱いたが、そのことについて先生からの説明はなかった。

 しかたないので、ぼくは合っているかどうかわからないが、『気』と『意識』を同じようなものだと仮定して、試行錯誤してみた。

 

 まず、肩に意識を向ける。その意識を肩から肘へ落としていく。

 意識を、骨、筋肉、皮膚に伝わせる感覚で、少しずつ、じっくりと下げていく。

 

 すると、不思議な感覚におちいった。

 肩の意識を下げていくごとに、周りの世界が少しずつ、静かになっていったのだ。

 それは、頭の興奮が鎮まっていく感じだった。

 

 その静けさをたとえるならば―――

 御神木の根本に、子どものあなたがたった一人で取り残されてしまった。

 いくら叫んでも誰も出てこず、どうしようもない事態にあなたはしゃがみこんで泣いてしまった。

 

 10分以上経っただろうか。

 気がついて顔を見上げると、目の前には、数百年の歴史を刻んだ御神木の樹皮と、風にゆれる木々のさわめきだけが聞こえていた・・・

 そんな、厳粛な静けさだった。

 

 不思議に思った。

 なぜなら、そのときのぼくの頭の中は、すでに『かなり落ちついていた』からだ。

さらに深く落ちついていき、耳の近くや、頭皮に入っていた力がすっと抜けた。

 頭が落ちつきを取りもどしていく・・。

 

 しばらく取りくみ、肘まで意識を下げたあと、ぼくは腕を上げはじめた。

 

「肘に気があるのを感じながら腕を上げて・・・・・・上げたら、両手を横にして顔の前に持っていって・・・・・・」

 

 光岡先生の指示とおり、肘の気をどこかへ散らさないよう注意しながら、ゆっくり、ゆっくりと上げる。

 肘への注意が散漫になると、これまで築いた集中がくずれてしまう予感があったので、今回も集中することが必要だった。

 世界の静けさを維持し、腕を上げきるまで1分以上かかる。

 

 そのとき光岡先生は、両手を顔の前に据えて、ひざを曲げて腰を落とし、独特な中腰の姿勢だった。

 それは、まるでゴリラなどの猿人類のようだ。

 

 ぼくもその姿勢をマネするように、両手を顔の前へ持っていき、両手を横にして、ひざを曲げた。

 これから腰を落とすための準備だ。

 

「肘の気を腰へ落として・・・・・・」

 ゴリラみたいな姿勢を保った光岡先生が、顔の前にある自らの両手を見ながら言った。

 

 指示通り、肘の気をさらに下へ落とすよう集中した。

 意識を体の内部へ伝わたり、空中を伝って移動させようとしたりと、試行錯誤の連続だった。

 

 じきに足に負荷がかかり、体の重みを受けてひざがさらに曲がっていく。

 低い姿勢を保つことが辛くなった。足の筋肉がはたらき、体温が上昇しはじめた

 

 周りの講習生の姿勢を見ると、どんどんゴリラのようになっている。

 このへんな姿勢にも慣れてきた。

 光岡先生は指導者なだけあり、背筋の傾きから尻の突き出しまでビシッと決まっており、ゴリラみたいなのにカッコいいなとすら思えた。

 

「腰へ気を落とすと、腰が出現します・・・・・・」

 

 肘から降ろしてきて、腹の辺りにあった意識をさらに下へ落とすため、ぼくは試みをつづけた。

 

 あるとき、腰の部分がガクンと動きだし、ゆっくり下へ落ちはじめるのを感じた。

 長いこと動かしていなかった関節を動かしたときのようだ。

 

 「腰を落とす」という言葉の認識がひっくり返る。

 今までは、指導者から腰を落とすよう言われたら、まずひざを曲げ、尻を落として、腰の落ちているような見た目をつくっていた。外から見ても腰を落としているように見えていただろう。

 しかし、ぼくは今回で「腰を落とす」の本質にふれた気がした。

 

 腰が落ちはじめたことで、体勢がさらに低くなり、本格的に足が辛くなった。

 体を支えるために筋肉がさらに動き出し、体温がさらに上昇した

 

「辛くなったら、休んでもいいよ」

 

 先生はそう言ったが、なるべく休まず、限界まで腰を落とそうと心に決めた。

 腰は、かたくなっていた関節を動かすときのように、ぎこちない音を立てて少しずつ落ちていく。姿勢はかなり低くなっている。

 

 ぼくの体温はさらに上昇していった。湯船でゆでだこになったときのようだ。おそらく、体温は37度台後半になっているはずだ。

 

 数分後に足が悲鳴を上げ、耐えられず立ち上がって足をのばした。周りの何人かも同じようなことをしている。

 少し休憩したあと、ぼくは肩の気を肘へ落とすところから始めて、再度、ゴリラのような姿勢をつくりはじめた。

 足が耐えられるまでその体勢を保つよう心がけた。

 

 講習生が一連の動作を各々で取りくみ始めてから、何十分経ったかはわからないが、あるとき光岡先生が、講習生を見わたしてこう言った。

 

「だいぶ気が下がってきたね」

 

 12時になり、講習が終わった。

 

 

 

 

 → ⑥韓氏意拳の副産物 につづく