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異文化にて ~韓氏意拳体験記~ ⑥

 

目次

異文化にて ①

異文化にて ②

異文化にて ③

異文化にて ④

異文化にて ⑤

異文化にて ⑥

 

 

 

 帰りの電車に乗って、窓の近くに立って、窓の外に広がる景色を見ていた。手に持っている紙袋の中には、マフラーと、黒い手袋と、折りたたみ傘が入っていた。

 

 マフラーを選んだあと、手袋を見てみようと素朴な音楽の流れる店の中を歩いていると、折りたたみ傘の置いてあるスペースが目に入り、思わず近づいて見てみると、黒と緑色が織りなす優しい印象のチェック柄の、とても好きなデザインのものを見つけてしまった。すでに、折りたたみ傘は持っていた。値段を見ると、今持っているものよりも高いことがわかったが、贅沢品だと思いつつも、買い物カゴに入れてしまった。

 

 そんなときのことを思い出しながら、目の前に広がる風景を眺めていた。

 

 たくさんの木が張りついたベージュ色の地肌の丘が見えた。丘のふもとには、灰色の古いビルや施設の建物のある広い土地があり、灰色のくもり空からは、オレンジ色の光が奥から透けて見えた。

 

 それらの風景が、ゆっくり後ろへ遠ざかっていく。

 

 突然音がして、窓の外が真っ暗になった。電車がトンネルにさしかかったらしい。これまで風景を映していた窓は、車内の席に座っているおじいさんや、つり革につかまってスマートフォンをいじっている女性を映す鏡となった。

 

 僕の姿も、映っている。灰色のコート、ベージュ色のズボン、後頭部の髪が一本だけ右へはねている、何も手を加えられていない、ぼさぼさの髪。

 

 髪を整えるように、よく、言われてきた。寝癖を直すくらいはする。しかし、髪型を作ったりできるほど手先が器用ではなく、自分に合った髪型のイメージも湧いてこない僕に、そのようなことができるとは思えない。いっそ、髪を何かで隠せないだろうか。

 

 僕は窓から目を離した。ポケットからスマートフォンとイヤホンを取り出す。二つをつないで、イヤホンを耳に差し、スマートフォンで曲を選んだあと、ポケットに戻す。

 

 足元を見つめる。

 

 イヤホンから、十数年前に流行った、神秘的なメロディが流れてくる。

 

 目を閉じる。音楽に集中する。キーボードから出されたメロディが、まるで水の波紋のようにゆれる。

 

 僕の心の中に、水のような波紋がゆれる。

 

 

 

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 僕は、韓氏意拳から、何を示されたのだろうか。

 わからないが、これをつづけることで、これまでのくり返しから、ようやく、足を洗うことができる確かな予感を覚えている。

 

 

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 世界は何も変わっていなかったが、こちら次第で、いくらでも変わっていくような予感がした。

 

 

 同じ川は、二度流れなかった。思いついたことをやろうと思ったら、もう、遅かった。

 

 

 頭の中のその人と、目の前にいるその人と、 “今” が過ぎ去ったその人と・・・・・全く、別人だった。

 

 

 理想を追わなくても生きていくことができるのに、理想を実現させずにはいられなかったのは、なぜだろう。

 

 

 一度はじめたことは、やり通さなければならないと思っていた。

 

 

 全てが、自然の原理原則に、ただ、のっとっていただけだった。

 

 

 誰のせいでもなかった。人間であり、正常だった。

 

 

 どうして、自分を否定しなければならなかったのだろうか。

 

 

 人生は、何でもできる。誰かの許可を取らなければ。

 

 

 自分を守ること。あらゆる手段を使って、生活を良くしようとすること。

 

 

 傷ついてしまうのに、前へ踏み出さざるをえなかった。

 

 

 僕は、良くなれているだろうか。誰のせいでもない。わかっていた。

 

 

 僕は、救われるだろうか。

 

 

 何が正しいのかなんて、わからない。

 

 

 今より、これより、先がある。

 

 

 だんだん、周りの目が気にならなくなっていくのを感じている。

 

 

 

 ふと気づくと、トンネルを抜けていた。車内は、外の光に満たされていた。

 

 明るさに気づいて窓の外を見る。地平線に、灰色の長い雲がゆったりとたなびいている。中央にオレンジ色のひびが入っており、そこから太陽の光が射している。だから、外はさっきよりも少しだけ、明るくなっている。

 

 僕は外の様子を想像した。電車から降りたら、外は少し暖かくなっているだろうか。道路に日なたができるだろうか。明日は晴れるだろうか。

 

 次の日、僕は何をして過ごそうか。

 

 再び、電車がトンネルに入った。外の風景を映していた窓が瞬時に鏡になって、僕の顔を映す。いつもの目に、いつもの顔、後頭部に、右へハネている髪が一つ。

 

 やっぱり気になってしまった。どうにかして、髪を隠す方法はないかな。

 

 次は、ニット帽を買ってみようと思った。