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harmony

これから小説家になりたい人のブログです。

☆即興ストーリー 現代にはびこる合理的な価値観より合理的な『ありのままの状態』が、ぼくのような狂人によってオーガナイズされることによって生まれる『大衆が抱く危機感』。あるいはそれに対してぼくが抱くジレンマ

 

今までの苦労が台無しだったと言っても過言じゃない。

 

なぜなら、この世の中の狂気と共に、ぼくの中の狂気も、狂気なものだったからだ。狂ってたのだ。

 

だから・・・死んだほうがいいんじゃないか? と、日頃80回くらいは己に問いながら、それでも、生きていかなくてはならなかった。

 

狂ってる。

 

何もかもが狂ってる。

 

世の中に存在する、ありとあらゆる言葉という言葉が、最上級に狂ってる。

 

ぼくの尊敬する人は、狂った言葉を使わない。しかし、そんな彼らも、常人から見れば狂ってる、または、(・・・よく、わからない・・・)という感想を抱くのだがまあそんなもんだろう。

 

この世に・・・望みが生まれない。

 

断絶。

 

自分の中での、この世への、痛切かつ救いのない断絶。

 

この世に・・・望みがない。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・ブッダは言った。みんな、平等だと。・・・・・そんなことを言ったのか? おれの言葉が狂気を帯びたものになっているかもしれない。しかし、ブッダを信用している。ブッダだけは信用している。極楽浄土なんていう存在はもう一切信用していない。しかし、ブッダだけは信用している。

 

ブッダは、個人だからだ。

 

ブッダは、ちゃんと、君やぼくよりも、個人だからだ、きっと。ぼくは、誰にも支配されたくなくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて個人になりたくて個人になりたくて、個人になりたくて、個人になりたくて(手が疲れた)。

 

だから、ブッダを信用している。

 

ブッダを信用している。

 

ブッダを信用している。

 

ブッダを信用している。

 

あらゆるフィクションから解き放たれた真実のありのままを、真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままを真実のありのままをそれはぼくたちにとって突拍子のない何かじゃないごくふつうに昔からあったものだなんというかぼくらを洗脳していく何かじゃない洗脳という概念自体人間が作ったものだから人間というものがありとあらゆる意味のわからない狂気の狂った考えを生み際限なく試行錯誤遠回りの結果こんな気味の悪い状態になってそれに必要なのは浄化みたいな輝かしい考えでも何でもなくただありのままを見つめるというだけに過ぎないような気がするのだけれどあなたはどう思いますか?ぼくがこのような狂った文章を書いているのはぼくが狂っている証であって間違ってもブッダが狂っているという意味ではないからブッダだけは信じてほしい信じなくてもいいけどぼくの所業によってブッダもろとも「気持ち悪い」と思うようなことはどうしても避けてほしいお願いですこんな狂った文章を書いてしまってすい、ませn

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言いたいことだけは、わかってほしい。

 

君を傷つけることじゃないんだよ。

 

君に危害を加えるようなことじゃないんだよ。そんなことをするつもりはないんだよ。

 

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ごめんなさい

 

気味悪がらせてごめんなさい

 

気味が悪いことを言っているのはとてもよくわかるんだ。

 

だけど、こういう言葉自体が君にぼくに対する慰め等の感情をおびき寄せ、そのためにぼくと君との間に病的な共依存関係が成立したらどうしよう?

 

そんな、なんつーか、まだ救いようのあるレスポンスをいただけるならこれ幸いだろうが、大抵は、気味悪がられるだろうなあ。意味わかんねえだろうなあ。

 

まあ、意味わかんないくらいがいいのだろうか。

 

一応、ふつうに会話はできるんだ。日常において。しかし、日常を司る、メディアが生む、ありとあらゆる価値観のことを、どうも手放しに信じられないだけであって(概念なんて一切が信じられない)、

 

信じられるのは、体だけ。