harmony

気弱な人が気弱なまま生き抜くことのできる社会を実現するために、小説を書くさとり世代のブログ

☆即興ストーリー 学校でのいじめ

 

おれが生きている意味がわからない。

だから、死んじまった方がいいとわかっていても、なぜ、死なないかと言えば、こんな風にまで自分が追い込まれていることがおれのせいではなくって身の周りのこいつらのせいであるということに気づいているからである。

 

世間は同情しない。いや、同情はする。しかし、おれの周りに、同情してくれる人間など存在しない。おれがどのように扱われているかを知らない。何をやっても、うまくいかない。伝えられない。

 

「死ね」

 

唾棄される。身の周りの人間たちに唾棄される日常を送っているこんな人生望んでいたわけじゃない死んじまえ全員!!!!!!!!!!しかし、死んでしまえと願われているのはおれである。

クラスで、デスノートが回った。子どもの遊びだ、子どもの遊びだ、子どもの遊びだ、と言ってでも気が済んでしまえば苦悩しないそんなに高い自尊心を設定されていないからであるだからおれはずんずん落ち込むことになる落ち込まされるということ自体完全に理不尽なんだおれはあいつらにあいつらが無傷のままおれだけが、

『おれだけが!!!!!!!!!!』落ち込まされなくてはならないという状況に陥っている矛盾に今おれは晒されている!!!!!!!!!!

何故、クラス全員がおれの名前を黒いノートに書いているのかがわからない。おれは、あいつらに落ち込まされている。なのに、彼らは、彼女たちは、何の代償も払わずに、おれを更に落ち込ませている。あいつらは一生代償など払うつもりがないどころかおれに対する嘲りをますます増加させていく一方である!!!!!!!!!! おれは、理不尽な目に遭っている。『こんな状況なんて下らない。こんな奴らなんて下らない』と、一瞥することができれば、一体、どれだけ、楽になれうるんだろう????????????????

 

「お前らが死ねえええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!」 

 

 おれは当然の理屈を言ったまでだ。なぜならおれだけが苦痛をなめていることがあり得ないから不条理だからあいつら死んじまえばいいんだと朝晩一心に心から願い、そうして、それのどこがいけないというのだろう?何で、おれは、取り締まられなくてはならないんだろう。学校の廊下で、大声を出したからだろうか。そりゃあ、おれが、なぜ、大声を出さなくてはいけないのかの理由くらい、わかるだろう、普通に見ていれば、わかるだろう。わかるはずだよね!?でも、何で、ぼくの苦痛を大人どもは全員察してくれないの?汲み取ってくれないの?おれを助けてくれないの?おれを更にこんな目に遭わせてしまうの?ぼくがたっくさん大声を出したことでぼくのことを叱るの!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????????

 

何で、ぼくを投げ飛ばすの先生!?

何で、ぼくは、こんな苦痛を罰を受けなくてはいけないの!?

ぼくって、今まで、いい子にしてきてたじゃない!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ぼくが投げ飛ばされる理由なんて、どこにもないんじゃないかなあ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????????????????????????????????????????????????

 

生きている意味がわからない生きている意味がわからない生きている意味がわからない生きている意味がわからない生きている意味がわからない何でおれはこういう環境に存在して息をしているんだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、早いところ、逃げることをしなかったんだろう。

どうして、こういう被害に遭う前に、自分の居場所をもっと広い範囲で模索する生き方に、シフトチェンジできなかったんだろう。

その後、ぼくは、皆勤賞をもらった。なぜだか、わからない。風邪を、引けなかった。風邪を引くことができないと、休みを両親に申請することすら、できなかった。そういうことをすることは、してはいけないことのように思っていた。なぜだか、わからない。

一体、どういう魔術が、ぼくの、身の周りに、巡回していたんだろう・・・・・・・・・・。学校を休むこと。それの、どこが、いけないんだろう。学校だなんて、生きていい場所ではない、正直そう思っている。今、やっと、思えている。諸々、理屈をこねてどうにか『どうして学校に行かなくてはならないんだろうか』みたいな哲学的問いに意義を出そうとしていた。でも、どうでもいい今。行かなけりゃあいい。その後の人生がどうとかどうだっていい。一番のクソ時間が、今、学校に行っている時間である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・愛している。

何も、気にしなくてもいいんだよ。

君は、こんなところで死んでいい存在ではない。

おれは、君に、何の束縛すら、要求しない。

どんな意見だって、聞かなくてもいい。

辞めちまえ。学校なんて。

学校=正当な地獄であると君は正直に思っていい。

行くべき場所ではない。

行くべき場所ではない。行くべき場所ではない。「行くべき場所である」という説教を垂れる人間の近くに行くべきではない、死にに行くもんである、君は、まだまだまだまだ、死んじゃあいけない。世界は、もっと、広いんだぜ!

 

 

 

 

 

 

 

どうやったら、生き延びられるかだなんて、わかんない。誰にもわからない。学校行けば生き延びられるんです的なこと言うやつにだって本当はわかっちゃいねえんだよ。お前はそんな奴らに潰されんな。そうして、社会にだって潰されんな。本当に生きるために大事なことだけを追求していけ。社会ではない。地球である。ここは、宇宙である。お前は、社会に属していると便宜上言われることだってあるけれども、結局のところ、大自然に飲み込まれている。

お前は、生き物である。

生き物が、社会の俗物などに、殺されてはいけない。

お前は、生きるべきである。

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お前は、生きるべきである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おれの意見だって、聞くべきではない。