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嫌いな自分を、嫌いなまま肯定してもらうためのメディアコンテンツ

自分との約束を破るということ

最近、自分と交わした約束を破ることが、マイブームだ。
破れば破るほど、それまでの自分から、自由になれるーーーーーつまり、変わることができるわけです。

 

というわけで、4月中に終わらせるはずだった小説が、まだまだ、執筆途中なわけです。
相変わらず、地の底に落ちて、なぜ自分が生きているのかわからなくなってくる絶望におちいって、その度に、新しい文章が生まれます。
そうなれば、書き途中の小説の、滞っていた箇所に、新たな風が吹いてきて、とたんに、書けるようになっていくわけです。そして、その新しい文章とは、本当に、今まで考えたこともないような角度からやってくるわけで、つまりは、どこへ向かうかわからない。

 

制御ができない。
先が見えない。

 

だから、小説の執筆は、つねに、思った通りに行かない。
ただ、これが、迷走しているという有り様なのか? と思えば、そうではない、確実に、最初、書きたいと思っていたものへと、思わぬ経路で、向かって行っていることがわかってくる。

 

正直、一年半以上も、がっぷり腰を据えて、向かい合ってきたこの小説と今後さらに向かい合いつづけることは、こちらの体にガタがきていて、辛いので、もう、手放してしまいたいとかなり前から常に思ってきていて、
『いかに妥協できるか』がモットーとして、常に念頭にあったのにも関わらず、
かなり終わりに近づいてきたとはいえ、それでも、まだまだ、先は遠いのかもしれません。

 

完璧主義が災いしていることはあるでしょう。そして、完璧主義は、最近、日に日に、薄れてきています。
自分との約束を、破りはじめたからです。
そして、新たな文章が生まれはじめるのです。

 

何度も何度も、ウツにおちいって、その度に、それまでの凝り固まっていた自分を刃物で斬りつけて (実際に斬りつけているわけではなく、あくまで喩えです) 、有機的に変わっていくような体験を重ねることは、正直、辛いのですが、これは、通過儀礼なのかもしれませんね……………。
BUMP OF CHICKEN藤原基央さんが、『ロストマン』の作詞に約一年を費やしたような感じなのかもわからないです。

 

技巧的なところは、もはや、あまり拘らないようにしていますが、芯の部分は (つまり、作品に込める魂みたいなものは) 、ちゃんと通っていなければ、そもそも、『創らない方が良かった』ことになってしまいます。

で、芯がまだ最初から最後まで繋がっていない状態なのでしょうね。
だから、完成度は8割ほどで良いと思っていても、その8割が、近いようで遠い………………。

 

いつまで経っても小説が完成しないということは、とどのつまり、刻々と、生活のデッドラインが近づいてくるというわけです。
バイトのシフトを、小説執筆のために削らせてもらっている身ですからね。

 

ただ………………不思議ですね。
貯金がなくなる未来が、かなり間近に見えているのにも関わらず、大丈夫だと思えているわけです。
根拠のない自信ってやつです。
物心ついてから、23歳の今に至るまで、ずっと、喉から手が出るほど欲しかったこの資質が、最近、やっと、身についてきていることが感じられています。

 

要因は、さまざま考えられます。

ボディーワークの成果が出てきたことや、
楽しく話せる人たちが、身の周りに増えてきたこと、
何だかんだと言いつつ、頼みの綱であるこの小説の執筆が、だんだん、形になってきたこと。しっかりとした強度が出てきて、世の中に出すことに対して、不安がなくなってきたことと

 

そして

 

「この期限までに、これをできるようにならなければならない」と、意気込まなくなってきたからだと思っています。